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■2002年10月29日(火)  きんこさんと
 季節は一気に秋の気配、Tシャツの続編としてのトレーナーや冬物を販売して欲しい、そんな声が最近「あっぷる」周辺で絶えず聞かれるようになってきました。夏の頃のTシャツはきんこさんの「絵」の力で多数の人が購入、その余波としてHEARTLANDの活動を知ってもらう機会が随分と増えました。そういった周囲の支援をして下さっている方々からの要望を携えて今朝きんこさんとお会いして来ました。秋冬ものの商品に関しての雑談、個展の準備等で多忙をきわめているきんこさんとは久し振りのご対面となりました。バタバタと雑談と笑顔の中、何となく気がつくとその輪郭が形取られた時間となりました。少しの準備期間を置いて何とか早い時期にみなさんの要望に応えられそうな様子です。それにしてもいつも笑顔で真摯に話を交わして下さるきんこさん、いつもいつも感謝といった気持ちにさせて下さいます。
 午後からは明後日の給料ミーティングに向けたスタッフ間でのミーティング、連絡すべき共有すべき事項も含めて長い時間の話し合いとなりました。メンバーとのお弁当製造に始まり作業所全体の雰囲気や方位、新しい事柄始める際の確認事項、時折スタッフで確認を行っていくための共同は時に大切な時間となっていきます。3周年の謝恩セールに向けての準備もぼちぼちメンバーと始めながらの「あっぷる」の日々となっていきます。

■2002年10月28日(月)  午後の話し合いで
 昼食を食べながらいつもの話し合いの時間、店頭での販売が無事に2年が経過、いつもの時期にいつもの謝恩セール企画についての話し合いとなりました。頂き物のジュースを粗品とするのは例年通り、それにプラスして今年は手作りのスイートポテトをみんなが作ってお渡しする事に決定となりました。期間は来週の木・金曜日、数量限定で日頃の感謝を込めての謝恩セールとなりそうです。
 
 午後には徳島市内の精神科の病院を訪ねて「あっぷる」に通所を希望する女性の主治医と病歴等についての話し合いの時間を持ちました。医療施設ではない作業所であったとしても、尚更の事その方の「病」や互いに知っておくべき事柄を確認しておく必要性が入り口の部分として必要となっていきます。いつでも・何処でも・誰でもが本来の社会資源の提議であったとしても、小さな屋台骨の力量では引きうけられる範囲も自然と限定されていきます。「入り口」の場面ではいつも色々な事柄をつい考えてしまわなければならない現実が確かにあります。医療機関と地域での取り組み、「ぜひ一緒にやっていきましょう…」そう呟いて下さった主治医の声が印象的でもありました。
 16日の作業所の公開座談会、内容が正式に決定しいよいよ動き始めていく時期となってきました。このWEBでも近日中に内容等をお知らせ出来ればと考えています。

■2002年10月25日(金)  まもなく店頭販売開始から2年
 間もなく今月の末で「あっぷる」が店頭でのお弁当販売を始めてから2年の時間が過ぎようとしています。お弁当作り・配達のみの暦から数えると3年半以上の時間が流れました。一見普通のお弁当屋さん、けれど少しのぞき込めばその場所は様々なハンディーを持った人たちが働く作業所、お弁当の料理に始まり全て手作りの暦、障害者地域作業所という貧しい枠組みにあって、取り揃えられる器具や設備面も決して豊かな中からの始まりでは決してありませんでした。不景気な時代、障害者地域共同作業所という前提であったとしても、多くの人たちがこの場所にお弁当を買い求めて下さる日々が脈々と積み重なってのものである事には違い在りませんでした。最近は新規に配達の注文を頂く場所も増え、人が人につながっていくように色々な場所からの支援や注文がまた増えてきました。
 何とか彼らが自らの事として考えていけるお弁当作りという日常、彼らの出来る範囲や私たちが引き受けられる範囲、外からの「声」そんなものに常に照らし合わされての日々でもあったように思います。昨年のこの時期には「あっぷる」のメンバーが日頃の感謝を込めてパウンドケーキを作りお弁当に一つ一つ添えてお届けしました。
今年もまたみんなで話し合い、何か謝恩セール的な企画を検討したいと思う10月の終わりの頃です。

■2002年10月21日(月)  「徳島の地域福祉を考える集い」 11月16日
 11月16日のチャリティーコンサートがあと1ヶ月足らずの時期になってきました。その日、同時に開催を予定している徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会とHEARTLAND共催での「徳島の地域福祉を考える集い」の企画・詳細の事務局案作成のために太陽と緑の会杉浦さんと今日一日の時間を費やして検討しました。2月に成功を得た障害者地域共同作業所全国研修集会・徳島大会の余波として、今年度は作業所職員の学習会や情報交換等を目的とした数回の定例会、その部分も受けて今回の企画となりました。
 「箱型としての福祉」「費用対効果の問題」「作業所の明日」「冬の時代の福祉的財源」色々なキーワードをからめながら、障害を抱えた人達を地域の中で支えていくための方位を急いで検討しなければならない「今」があります。
11月に向けて数回の準備会議、その中で役割の分担や進行の詳細も含めてみんなで形どっていければと思います。

 「あっぷる」は明日京都への旅行、日頃お弁当作りを頑張って行ってきたメンバー、小さな旅の一日が少しでも彼らに元気を届けるようなそんな旅になればと願います。

■2002年10月20日(日)  松山への旅
一晩泊まりで松山に出向いてきました。今は西条保健所、今年の4月までは愛媛県精神保健福祉センターに籍を置いた徳永さんを訪ねての時間となりました。長年の精神保健領域の業務経験とその真摯な姿勢、地域作りのあれこれに関しての知識は一つの歴史でもあります。これからの地域作りに関しての意見交換や近況話、時間を忘れての再会となりました。それにしても高速道路の開通で近くなった松山や高知、この徳島からは僅か2時間程度で辿り着くことが出来ます。池田の山間を抜けて一般道路を走っていた数年前には4時間弱の時間が必要、思えば短い距離になったものです。
 法人化に関しては先日経理事務所の方と相談、新規授産会計も含めて日常の経理処理等、認可を受けた後の煩雑な部分を全て委託する事をお願いしてきました。多少の経費はかかったとしても、日常に帰すべき大切な部分は何とか確保していけるようにと思います。先日の準備会議では相変わらず諸規定の確認や今後の対応、何よりこれからの方位に関しての話し合い、年末の12月を目指してまだまだ重ねなければならない時間が山積みされている様子です。

■2002年10月18日(金)  徳島新聞の記事
今朝の徳島新聞、その朝刊にHEARTLANDの事が大きく掲載されていました。以前に取材を受けた際の記事、Tシャツ販売に関しての事やその一時的な総括が記事の内容となっていました。精神の障害を抱えた人達の存在、そして彼らが集い働く障害者地域共同作業所という場所、まだまだ社会的な認知や正当な評価も獲得出来ていない現実も大きくあります。6月から開始したTシャツの販売、社会的な広報も含めての暦の中、たくさんの方々からのご注文が夏を通じてありました。Tシャツをお買いあげ頂くという行為の中には、彼らやHEARTLANDへの支援の意味も十分過ぎる程込められています。何枚販売したかという数値ではなく、彼らの存在やこのような場所への付加価値が少しでも生まれていくようにと願うばかりです。

■2002年10月16日(水)  芝さんを訪ねて
 午後鴨島病院のソーシャルワーカー芝さんを訪ねての時間となりました。今は老人医療の領域の中でのソーシャルワーク業務、以前には精神科の病院でPSWとしての仕事に従事していた職歴、精神科に勤務していた折りには、日本PSW協会・徳島県P支部の活動、現在は精神保健福祉士・徳島県支部の活動を通じての同じ職種として歩んできた経過がありました。今回の法人化に関して書類を作る事、お金を作る事、活動の方位等色々と考えなければならない事も多々あるのですが、きっと一番大切な事は関わる「人」の問題であるように思えます。どんな立派な施設でもどんなに貧しい状況であっても、豊かに「人」がたたずんでいればその場所は輝きを発し活きたものになっていきます。理事や評議員等といった職名等の問題ではなく、同じ方向を眺める事や同じ呼吸で歩いていける人の集合体が何より大切な要素となっていくはずですす。
 久し振りの時間、今後の活動への参画をあらためてお願いしたそんな時間ともなりました。
 明日は松山を訪ねての時間、長らく愛媛の地域を耕し続けてきた徳永さんとの再会、また色々と検証しつつこれからの方位を考える一助に出来ればと思っています。「あっぷる」メンバーは22日の京都旅行に向けての日々、旅の日程や食事など、日々のしんどさの中から小さな「喜び」を確かめるためのやりとりが続いています。

■2002年10月15日(火)  研修会の原稿作り
 秋の研修会シーズンを前にたくさんの講演の依頼が殺到、その原稿作りが法人化の書類作りや検証と平行して延々と続いていきます。11月の愛媛県新居浜市、いつもの花工房の住友さんや生活支援センターまごころの会の上野さん、来年度の通所授産施設を目指す取り組みの運営母体である「保医福の会」にて夜の講演が予定されています。
 
 HEARTLAND立ち上げの頃から何かと縁のある愛媛、当時精神保健福祉センターに在職していた徳永さんをはじめ、愛媛県家族会の樋田さん、じつに色々な人がエールを込めて引っ張り出してくれた機会が幾度となくありました。少し離れてまた今ある日々の活動を振り返る、そんな機会に出来ればと願っています。

■2002年10月13日(日)  今朝の朝刊
 今朝の徳島新聞の朝刊、見出しにこんな言葉が載っていました。「障害者雇用にも不況風」以下にこの不況下の中障害を抱える人の就職難や離職の問題、雇用率の問題などが記事として大きく取り上げられていました。難しい話は別としても「当然だろう…」と思えるのです。差別とか偏見とかではなく現実的に見てこの不況リストラの時代、ましてや何らかのハンディーを抱えた人達に対して「優しい時代」があるはずもありません。記事本文にも掲載されていた「障害者雇用促進法」による法定雇用率の問題、56人以上の企業はその1.8%の人数枠で障害者を雇用しなければならないという箇条があります。以前徳島のハローワークでジョブコーチをしていた頃、押し寄せる不況やリストラの先陣となったのは必ずと言っていい程、障害を抱えた彼ら自身でした。常に障害者の記事を扱う某新聞社も現実の雇用の中では全く障害者の雇用を現実のものとはしていません。
極端な話、罰則金を払っても手間をかけて「雇う」事に前向きな企業は皆無という現実が山のようにありました。
 
 生活支援センターが今就労ブーム、幾つかの制度や雇用対策の中核として支援センターでの事業が今年度から急増しています。「就労支援よりも実際に6畳一間の部屋で飲まず食わずの人がたくさんいるのに…就労はもちろん大切なニードではあるが、きちんと関わる側も彼らの現実の生活を見なければどうにもならない…」そんな愚痴とも聞ける言葉を生活支援業務に携わる友人から最近よく聞かされます。
 
 「あっぷる」のメンバーにとっても「就労」は大きな関心事、法制度からの保障や施策としての確保は必要ではあるに違い在りません。けれど私たちは私たちの歴史にあって「働けないもの喰うべからず」というダミー思想に確実に立脚した日本の高度経済成長、その中で幾人もの障害やハンディーを抱えた人達を堂々と「置き去り」にしてきた歴史を今一度確認しなければならないはずです。法に守られる、そんなきれい事ではなく、もっとリアリティーのある現実的な施策の充実や実際の取り組みを考え直してみたいと思うばかりです。

■2002年10月12日(土)  和歌山の家族の文字
 一通の封書が届きました。封筒の裏の住所は海を挟んでの和歌山県、家族の方からの手紙の文字でした。数年前に全国紙に掲載されたHEARTLANDの活動、その新聞の切りぬきを亡くなったご主人が大事に保管していたとの事、その後HEARTLANDがどんな風に流れていったのか…近況報告も含めて連絡を頂きたいとの文面でした。
 
 逢ったことも無い人からも、今までの活動経緯の中、無数の便りが届けられてきました。小さな新聞の切りぬきを神棚に飾っている…、娘が良くなればグループホームへの入居やそちらで働かせて欲しい…様々な想いの文字が僕を捉えて放しません。貧しさと忙しさに紛れて見失いそうになる目の前の日々、見える人、見えない人への想いを束ねながら一つ一つの創造力をかき集めていければと思います。「金もない、人もない、おまけに夢さえなかったらこんなに悲しい事はない…」冗談交じりとも聞こえる障害者季刊誌、「そよ風のように街に出よう」編集長河野秀忠の言葉が響きます。
 「娘も闘病しています、どうかお元気で…」その優しすぎる手紙の文字、きちんと向かえあえるように…小さく今日はそんな風に思いました。

■2002年10月11日(金)  杉の子作業所へ
 徳島市川内町にある知的障害の方々が縫製を行う「すぎの子作業所」いつもの樋口さんからの電話があり午後にHEARTLANDのメンバー・スタッフで出かけてきました。毎年恒例として頂いている「ジュースの詰め合わせ」セットを受け取りに行くのが要件、それはこの時期、昨年も一昨年もお弁当店頭販売開始セールの粗品として重宝させてもらっている品物となります。今月の末でちょうどお弁当の店頭販売を初めて2年が過ぎます。お弁当の製造からのスタートとなると3年5ヶ月もの時間が経過しています。不況・リストラの社会状況、いくら運営補助を頂いている事が前提としてのお弁当作りであったとしても、変わらずに支援をして下さる多数の方々があっての「今」である事には違い在りません。月末の謝恩セールに合わせて、またみんなで「お礼」の気持を伝える企画を考えていきたいと思います。
 それにしてもいつも元気な「杉の子作業所」のメンバー、全員総出の大歓迎に始まり全員手をふっての見送り…「知的の人は元気ですね…」そんな言葉をメンバーの一人が呟きました。元気かどうかは別としても「あっぷる」の場合はどうかな…そんな返答の中やりとりが始まりました。「暗い顔して、迷惑そうな顔で迎えられたら嫌やしまた行こうと思わんやろな…」そんな短い言葉のやりとりの中に何かきちんと考えなければならない私たちの部分があるのかも知れない…、そんな風に思えた瞬間でもありました。明日からはしばらく「あっぷる」も連休、休み明けの京都への旅に向けて休息の時間となります。

■2002年10月09日(水)  ある母親と…
 突然の電話がかかり午後からある母親と一緒に話をする時間となりました。16歳になる娘さんが登校拒否で診療所で治療を受けているとの事、主治医からHEARTLANDの事を紹介されて「見学をしたい…」との電話越しの声でした。不登校や登校拒否、家庭内暴力等と称される人達が「精神科医療」の対象として受診治療を行っている話はよく聞きます。精神科医療自体が対象とすべきか否かは色々な議論がなされてもいますが、少なくともこの母親にとって急務の事として「何とか娘を…」との想いがこの場所に電話をかけさせた事はすぐに見て取れました。この場所でなければならないのか、他に適切な場所や機関はあるのかないのか…まだ幼さの残る小さな瞳を眺めながらの母親との話となりました。
 明日の朝再度お弁当作りの見学、細かい話はそこからという事にして今日は別れました。大切な一人の人の人生、ここに通うという前提ではなく細かく聞ける話を聞いてみようと思っています。
 11月の研修会での講演依頼が重なっていきます、当然要する原稿や資料作り、そして何より法人化に関しての継続した協議、忙しさの中に秋が進むばかりです。

■2002年10月08日(火)  香川県からのお客様
 香川県からの多数のお客さんの姿がありました。琴平市の保健所職員の方々、地域にある作業所「コスモスの家」のメンバー、そしてディケアメンバー・家族の方々を含めて総勢30名を越しての人達がHEARTLANDへの見学に訪れて下さいました。HEARTLANDの設立の経緯、そして現在の状況、メンバーはメンバー同士の交流の時間も含めてのものになりました。
 それぞれの作業所にそれぞれの形や想いがあり、何が先端であるかどうか等は殆ど意味のああるものではありません。その場所で何とか日々を「立たせている」彼らにとって、どの場所も必要不可欠なものに違い在りません。家族の方々からの質問に対してアンサーするHEARTLANDのスタッフ、外部の人との「やりとり」の中に自らの原点回帰を行える、意味あるそんな交流の機会となりました。

■2002年10月04日(金)  地域生活支援センター清風を訪ねて
 午後、お弁当の製造を終えて後に徳島市内にある地域生活支援センター清風にメンバー・スタッフでお邪魔しました。要件は明後日に支援センターで開かれる「清風まつり」での出店の搬入、Tシャツとコンサートチケットの荷物を携えての訪問となりました。初めての訪問にも関わらず施設長さんはじめスタッフの方々が丁寧に応対をして下さいました。地域との協同作業、病院・作業所それぞれであったとしても時代はそういった取り組みを求めていきます。精神の病という事、それ故に生じた特異性と特殊性としての見られ方、そうではないという歴然とした事実や目に見える形での活動を提示していくことは、今の時代にあって彼らの現状にあって必要な事であるのかも知れません。Tシャツ等の販売のブースを提供して下さった事に感謝したいと思います。
 明日から精神保健福祉士の徳島県支部が「宿泊研修会」を企画しています。明後日の朝の公開座談会の座長を引き受ける予定になっています。精神保健福祉士の資格はあるとは言え、既に精神医療の場から地域に出て7年近く、座長という役割もこれまた変なキャストではあるのですが、地域の側から見た精神保健福祉士やその状況に対しての「注文」や「要望」を逆に提言してみょうかな…とそんな風に少しばかり思ってはいます。秋が深まりゆく中舞い込んでくる数々の講演の依頼、貧しく「しんどい」作業所の日々からの提言に正直に徹していこうと思っています。

■2002年10月02日(水)  枝川クリニックにて
 半年近く前から「あっぷる」に通所し始めた男性の年若きメンバー、ここ1ヶ月程の体調の悪さ、対人面での緊張や疲れ、それが高じての被害念慮の発生、眠れない日々が続いていた彼が当面「あっぷる」の通所を中断する事となりました。単純にお弁当だけを作ればいい、そんな簡単な場所ではなく、当然病や障害、しかも変調を伴う彼らとの日々を過ごす事にはそれなりの配慮や何より一人一人の「病」に関しての留意点を把握しておく必要があります。彼の事でクリニックを訪ねての午後、ご多忙な中主治医の枝川先生と彼の「これから」についての話を交わしました。治療的な所見、留意すべき点等、主治医の先生はゆっくりと丁寧な言葉で彼に関して説明を行って下さいました。治療の立場として、作業所のからの立場として、彼に関しての「共有」を確認していく作業は必要不可欠な部分でもあります。地域に資源が増え、色々な取り組みが進んだとしてもそれを取り扱う人や、その隙間を埋めるような何かがなければ、殆ど「つながっていく」事にはなっていきません。
一つの契機として、今後もメンバーのケースワークを通じて、それぞれの主治医の先生との時間や経過を共有できればと願います。ご多忙な折りに時間を割いて頂きました枝川先生にお礼を申し上げます。

 午後に「あっぷる」からはるか遠い街に住む家族・本人の姿がありました。初めての障害年金の申請、納付要件等の不備で社会保険事務所に「受給要件を満たさず…」と扱われた相談内容でした。細かい病歴の洗い直しと年金の要件、初診時の状況や今までの経過等、長い時間を要しての年金相談となりました。「あっぷる」に通所、関連していない人の諸々の相談が絶えず運び込まれてきます。細かい年金受給のためのアドバイス…本来なら彼が住む街や医療機関の中で執り行われるべきもの…距離を超えての相談内容に色々と地域の実情を考えざるを得ない一面もあって複雑な思いもするばかりです。

■2002年10月01日(火)  今日から10月
今日から10月、暦は秋へと進み新しい月になりました。「あっぷる」メンバーは午後から給料ミーティングの時間、一月に一度の長い時間をかけて自らの事やこの場所の事を眺める作業が延々と行われていきます。お弁当を作っている日常、作業所という場所、少なくとも社会の中に生産的な活動や姿を見せる活動を行っていく事のための留意点など…単純に利益を分配するという作業だけではなく、もっと大きな意味を含めての時間となります。
 毎日お弁当を取ってくれている近所の工芸会社さん、その方々の紹介でご近所の美容室を紹介して下さいました。早々にスタッフメンバーが訪ねると「明日から毎日3個…」との注文、チケットも3枚ほどお買いあげ頂きました。僕たちの「しんどさ」とは裏腹に僕たちの周囲では温かな支援や協力の芽が生まれていきます。周囲の人たちの想いに応えられる、そんな僕達をどんな風に用意していけるのか…「障害者に理解を…」そんなありきたりの枕詞からのアプローチではなく「実」としての日々をこのしんどさの中から創造していく事が一番大きな説得力を持つものかも知れません。

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