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■2002年12月27日(金)  慰労会 そして冬休みへ
「あっぷる」は今年最後の一日、朝はいつもの時間にみんなが集まり調理場をはじめみんなでの大掃除となりました。その後昼食を兼ねての慰労会、バスの送迎がある徳島市内の宴会場となりました。いつものお弁当作りを離れてホッと一息といった様子の彼ら、恒例のカラオケも交えてにぎやかな時間となりました。乾杯のビールに始まり1年をそれぞれが振り返っての時間、楽しい一時と共に今年もこうして無事に終えられた事に感謝したいと思います。途中体調を崩し再入院やお弁当作りを中断せざるを得なかった人、この場所に座る事の出来なかった人や、新しく就職へと旅だっていった人、色々な事のあった1年がまた来るべき年につながっていくようにと切に願います。

 「あっぷる」は明日から冬休み、年明けは6日からの通常の営業開始となります。日々お弁当をお買いあげ下さった多くの市民の方々、HEARTLANDを色々な形でご支援下さった多くの方々、この場をお借りして感謝申し上げます。今年1年のHEARTLANDの活動へのご支援やご協力、本当にありがとうございました。

■2002年12月26日(木)  今年最後のお弁当作り
 「あっぷる」今年最後のお弁当作りの一日が無事に終了しました。作り上げたお弁当数は全て11時過ぎには完売、お断りをする方々への対応も含めてあっと言う間の終了となりました。メンバーと共に「今」作り上げる事の出来る数と範囲、それを超えての注文に対してどんな風に応えていけばいいものか、嬉しい悲鳴と共に急いで対応策を考えなければならない事も大きな事実です。「何度足を運んでもないなぁ…」おかずだけを購入して引き上げていかれる方、こちらを優先するとあちらが立たず、あちらを優先すればこちらが立たず、その状況を少なくとも眺めていく必要性があります。しかもそれは何とか主役としての彼ら自身のものとなっていく為の創意、今に始まった問題ではありませんが、障害を抱える人と彼らが創り上げる活動にとっての大きな命題でもあります。

 お弁当配達時の年末の挨拶、午後からは長い時間をかけての給料ミーティング、個々の省みと共に賃金が決定されていきました。明日はお弁当製造も冬休み、朝の大掃除を経て午後からはみんな揃っての忘年会が予定されています。
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■2002年12月23日(月)  クリスマスを前にして
 クリスマスを前にしての連休、「あっぷる」も3日間程の休みを終えて、クリスマス・大掃除・忘年会と最後の月の最後の週をみんなで過ごしていくことになります。先日お弁当をたくさん注文頂いた徳島市の児童館の子供達からのメッセージがHEARTLANDに届きました。お弁当の帯に書き記したメッセージ、一生懸命作っている様子が嬉しかったのでとの返事、小学生の子供達からの励ましやお礼の文字がそこには並んでいました。

 大阪・豊中市の「出会いの郷」安藤さんから連絡、来る2月に行われる全国障害者地域作業所研究集会・豊中大会の案内文でした。思い出せば去年の今頃、徳島での全国大会を控えた準備のまっただ中に年末がありました。早いものであれから1年、今年は大阪の豊中での開催、安藤さんからの便りを眺めながら、今年はみんなで出向いていく2月となりそうです。

 来週で今年も終了、色々とありながらも何とか乗り切ってきた「あっぷる」のメンバー達が、少しでも良い正月や年の暮れを無事に過ごせるようにと願っています。
お弁当は26日迄通常の営業、年始の5日までがお正月の休みとなります。

 
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■2002年12月21日(土)  打ち上げの席
 昨日の午後、お弁当の完売を経てみんなで打ち上げを行いました。大量のお弁当製造を終えた後の一時、みんな安堵の様子に包まれての乾杯となりました。毎年恒例のHEARTLAND忘年会、今年は法人化の懸案や協議の多忙さに囲まれ、年が明けた頃に新年会企画としました。「あっぷる」は今日の打ち上げと最終日にメンバー全員揃っての忘年会を予定しています。色々とあった今年1年のお弁当作り、それでもやはり彼らの「頑張り」抜きには成立しなかった事は確かな事実です。ビールを飲みながらの談笑、それぞれの言葉、しんどさの向こう岸にあるちよっとした喜びみたいなもの、そんなものを織り交ぜての時間となりました。「あっぷる」は今日から連休、残りの1週間は弁当製造に年末の挨拶廻り、大掃除に忘年会と既に組まれた予定の中に今年1年がしめくくられていく事になります。

 朝日新聞徳島支局の橋本さんが登場、記事となる掲載紙面、メンバーからの声を聞きながらその紙面作りの最終校正が行われていきました。障害者地域共同作業所、その社会的な役割や個々のメンバーにとっての意味…インタビュー越しのささやかな彼らの「声」はやがてこの場所の大きな指標となっていきます。新聞記事は間もなく朝日の誌面に掲載されるとの事、いつもお弁当を買って下さっている方々のインタビューも含んでのものとなりそうです。
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■2002年12月20日(金)  特別な一日
 今日は特別な一日、徳島市内の児童館からお弁当の大量注文が入り約130ヶ程のお弁当製造に取り組んだ一日でした。大量の注文が入る度に確認する作業、全部引きうけたいのは山々なのですが、実際にそれに携わる彼ら自身の問題として、どんな風に取り扱うのかを確認していきます。今回も今日を迎える迄に注文を受けるか断るかの選択に始まり、一人一人の思いの確認、実際のメニュー検討や時間配分等…既に準備ははるか以前の頃から始まっていきます。「昨日は眠れませんでした、今日の事が気になって2時から眠れませんでした」「出来るかどうか心配で…」そんな夜をくぐり抜けての今日の弁当作りとなりました。ボランティアの昼間さんも応援に駆けつけてくれての作業、7時30分から取り組んだ作業は余裕の時間を持って11時前には完成、みんなの安堵のため息と共にお昼前には完売の状態となっていました。ちよっと圧のかかる事…それをくぐり抜けられた自信みたいなもの…たかが弁当作り、されど弁当作り、そんな特別な一日がそれぞれの中で無事に終わりゆきました。
 
 作業に追い立てられると大切なものがこぼれゆく、こぼれゆく大切なものに気遣いし過ぎると掌にはお金がのらない、そんな隙間の中に障害者地域共同作業所の日々があります。

■2002年12月19日(木)  徳島保健所にて
 徳島保健所にて保健婦係長の中井さんと長い時間の話し合いとなりました。徳島市内にある精神領域の作業所、社会福祉法人化に関するメリットやデメリット、どんな風に考えていけばいいものか、保健所の立場や役割も交えての懇談となりました。精神の場合、その殆どの作業所の成り立ちが、家族の想いを支援する行政(保健所)という形の中に始まりがあり、作業所を支援する保健所や保健婦という図式が今までの形を作り上げてきました。作業所の生き残りをかけて、どんな風に今後を考えればいいのか、その事はやがて地域の中での支援体制をどんな風に考えていくのかという事にもつながっていきます。市町村への精神保健業務の移行、地域作りや関わる人の問題、法人化という言葉を介しての色々なやりとりを行いました。年明けの1月頃、管内の作業所職員の集まりを予定し、継続して考えていく予定となりました。

 明日は大量の注文の日、「あっぷる」メンバーは朝の7時30分から大仕事に取り掛かります。今日は明日のメニューの下準備も行い、いよいよ臨戦態勢となってきました。午後にはメンバーの打ち上げ兼忘年会の時間「しんどさ」の後の素敵な忘年会になればと思います。

■2002年12月18日(水)  就職するという事
一人の女性メンバーからの相談、「適当な仕事が見つかったのであっぷるをしばらくお休みしたい…」そんな彼女からの言葉でした。彼女と初めて出会ったのはもうかれこれ10年近く前、精神病院で勤務していた頃、その頃に初めての入院、そして日々の関わりや家族との時間、障害年金の申請その他…そんな時代を経て数年ぶりの再会がこの場所での事でした。就職を目指すとの事「少し不安だけど…」年末の飲食業、本人自身も立ち向かっていく事の不安を漠然と語りゆきます。

 生きていくためのお金「父親からの仕送りはもうこの歳になって受けられない…」そうせき立てられての彼女の選択、生活保護や年金の月額は本当に最低の基準、その上乗せとしては余りにも少なすぎる「あっぷる」での賃金。かと言って何より「働く」事への緊張や不安を自ら案じる彼ら、二ついい事はないとしてもなかなかそのバランスを保つことが困難になっていきます。焼け野原のような暮らしの中で立ち向かっていく「仕事」少し不安そうな彼女の横顔が、何より精神の病を抱えて生きていくことの「しんどさ」を物語っているようで、返す言葉も見つかりにくいのが現実です。
 作業所という場所、それぞれが求める豊かさ、年の瀬のにぎわい故に尚更の事、彼ら自身の事を色々と考えてしまう日々です。
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■2002年12月17日(火)  うつ病
 長らく勤めた行政の仕事、突然の職場配置からの混乱、対人恐怖や過度の緊張感が伴う日々、そんな中からの発病の風景、40歳を過ぎた男性がHEARTLANDに相談に訪ねてきました。「男やからずっと家にいたら…」年頃を迎えた子供、常に父親が家に居る事の府徒然さ、そんな中から妻とも相談し昼間に出かけられる場所を探し求めていたとの事。

 「ここは落ち着きます、もっと長い時間いてもいいですか…」そんな安堵のため息と共に煙草をふかす彼の姿がありました。精神の病、家族、何より自分自身の人生、そんなため息混じりの彼らの言葉が冬の季節と共に身にしみます。「あっぷる」への通所を希望、この場所から再生していきたいとの事でした。

 余談 明日の夜スリーステージのライブを行います。
     場所は 徳島市内 秋田町のライブハウス ナイトアンドデイ
        ACTY21を南に進みケントスを通り過ぎたビルの2階
        時間は午後8時スタート お暇な方はぜひお越し下さい。

■2002年12月15日(日)  新しい人それぞれ
 新しい人がそれぞれの形で「あっぷる」に通所し始めました。一人は女性、神経症レベルの人で色々とカウンセリングを受けた後、自宅にての引き籠もり、主治医と相談した後に何とか自分の居場所の確保、そんな想いの中で母親と一緒にこの場所を最初に訪れました。もう一人は男性、精神保健福祉センターのディケアに通うも続かず、その後同様にずっと自宅で引きこもっての生活、彼も母親と一緒に背中を押される形での始まりとなりました。極端な話、家か病院、もしくは限られた範囲での彼らの居場所、なかなか自分を生かしていく、あるいは活かされる場所は数少ない選択肢の中にとどめられていきます。何とかしたいという親の思い、男性の母親はパート仕事に休みを取り付けて同伴での作業となりました。「以外と楽しくやれました」「まだまだ緊張が強くて疲れます」小さな一歩は長らく閉じこもっていた彼らにとっては、とてつもなく大きな変化となっていきます。お弁当作りという追いかけられる風景の中、それぞれの日々が何とかこの場所で再生されていく事を願いたいと思います。

 「あっぷる」は27日が年内の最後の日「休みが長すぎる、ずっと正月家にいるのはつらい」そんな言葉をメンバーの一人が呟きます。クリスマス、お正月と街が華やぐ頃にブルーになっていく日々の暮らし、それが現実ではないと互いに確認しながらも、やはり「寂しさ」みたいなものに支配された言葉も多々聞かれる年の瀬でもあります。

 今日は休日、来週再来週と「あっぷる」の年末は多忙、忙しさに紛れる…そんな時間でも少しは楽になれる…そんな言葉も彼らはふと呟きます。色々な想いとそれぞれの人、冬が進みゆきます。

■2002年12月13日(金)  朝日新聞社・徳島支局 橋本さんと
 午後に朝日新聞社徳島支局の橋本さんが取材のためにHEARTLANDに来て下さいました。現状の活動やHEARTLANDの歴史的な経過、そんなよもやま話も含めての長い時間の話となりました。そもそもの成り立ちの形や精神障害者の置かれている今日的な状況、全然脱線したBEATLESの話も含めて、同世代の話としても多くの言葉を交わした出会いの機会となりました。月曜日には再度の取材、色々な人と出会ってきた今までの経過とHEARTLAND、今後も取材をきつかけとした行き来が出来ればとそんな風に思います。
メンバーは休息の週末、来週は特別注文の金曜日も控えて、年末に向けての多忙なあっぷるとなって行きます。忘年会の企画や食事会、しんどさを乗り越えての楽しい年の暮れになればと願ってやみません。

 久しぶりに通院の後立ち寄ってくれたメンバーYさん、7年ぶりに精神病院からの退院を自ら獲得した彼の今年の暦、合うたびに穏やかな表情になりゆく彼の横顔に何故か嬉しく微笑んでしまいます。回復すればするだけまた見えてくる色々な事柄、大きなきっかけとなった彼の1年は、新しい課題に向けての出発でもあります。
 
 突然の電話で通所の希望を語る男性の当事者の方、月曜日には見学も兼ねてたずねてくるとの事、「精神の人が弁当を作っていると聴いたけど、そんなん出来るんですか」場所を説明すると「あっぷるってあそこの弁当屋ですか、みんな美味しいと評判、場所は知っとる、すぐに働かせて下さい」そんな駆け足の電話でもありました。
 後数日で年の瀬、それぞれの想いの中加速度的にこの場所のカレンダーも進みゆきます。

■2002年12月11日(水)  ボーナス
 昨日の新聞やテレビの報道、公務員に冬のボーナスが支給されたとの事、例年に比べて多少の減額、それでも43歳の一般職員でも手取りが約90万円との事、そんな報道の景色を眺めながら自らや作業所の事をふと考えてしまいました。
病院のPSWの職を離れてから8年近く、HEARTLANDの創設の頃から当たり前に「ボーナス」とは無縁の日々が続いています。人並みにボーナスがあれば…という事ではなくこの場所の事を色々とつい考えざるを得ませんでした。

 「せめて世間並みの職員待遇が出来る補助金の増額を…」色々な場所でそんな言葉が聞かれる事が多々あるのですが、時代や状況はその反対の流れ「作業所はいらない…」と名言される訳ではないにしろ、確実に流れは補助金削減の方向にと進んでいます。
考えてみれば作業所は法定施設でも何でもなく、歴史の中、家族や関係有志が「必要」として設置されてきた経緯があります。少なくとも法定施設のように初めに法や制度があってという前提では無かった訳です。

 故に「勝手に作ったんだから…」そんなアンサーと共に人並みの待遇改善や給料、補助金増額は簡単に見送られる、そんな風にも思えてくるのです。お金だけの面で単純に語るつもりはありませんが、どう考えてみても社会からかけ離れた特別な日常としか考えられません。社会にあっても社会の外、まるで別の世界といったそんな観が前提としてあるように思えるのです。そして矛盾すべき点や不条理な部分は、そんな場所の日常で「社会のルール」や「当たり前さ」みたいなものを掌にかざそうとする彼らとの日々があるという事実です。
 この語ることさえ出来ない不条理と不合理みたいなもの、もう一度彼らも含んでの前提を確認しながら未来を探してみたいとふとそんな風に思います。

■2002年12月10日(火)  寒波到来
 今年一番といって良い程の冷え込みの朝、それでもいつもの時間にあっぷるのみんなが集まりお弁当作りに携わっていきます。古い人・新しい人も交えてのお弁当製造、日々の体調も確認しながらの作業が早い朝に幕を開けていきます。もともとお弁当製造や障害者地域作業所を目指しての立ち上げでは無かったHEARTLAND。

 今みんなが製造を行っている作業場もとても弁当作りに適切な場所ではなく、継ぎ接ぎだらけの今の活動は色々な意味でも限界に来ています。数の増えたメンバーと共に狭くなる場所、水回りや調理器具設備等、みんなの頑張りに反比例するように悲鳴をあげつつあるのも実情です。
 なかなか作業所という僅かな補助金の枠組みでは改修工事もままならず、危なっかしさも手伝って綱渡りの日々でもあります。相変わらずありがたい事にお弁当の売れ行きは好調、どんな風にこの事実を彼らが眺めていくのか、貧しい場所にあっても大切に眺めなければならない事柄や、語らなければならないこの状況を確認して行ければと思っています。

■2002年12月09日(月)  お弁当製造
DSC00849.jpg 173×130 23K 連日嬉しい事に「あっぷる」のお弁当が完売状態が続いています。徳島市の広報誌やタウン雑誌に紹介された事もその理由なのか、お昼の12時前には既に完売といった様子、買いに足を運んで下さった方々に申し訳ない感じもします。
何らかのハンディーや障害を抱えた彼ら、無理が効かない部分も少なくなく、かと言ってどんな風に見送る事を考えるのか…難しい問題でもあります。

 口コミの中で拡がってきたお弁当の製造、「ここのお弁当が美味しい…」という方々も含まれてはいるはずですが、多分「応援しているよ…」そんなメッセージを込めてのお弁当注文や色々な形での支援の「声」でもあるはずです。自らの病や障害の部分、その事による範囲みたいなもの、無理をする事は時に無謀であったとしても運ばれてくるものにどんな風に応えていけるのか、ちよっと圧のかかる部分、そこに喜びや自信みたいなものが生じていくのではないか…色々な角度からの検証をみんなで行っています。
今月20日には徳島市内の学童保育の方々からの特別注文、普段の製造数に足せば120食を超えての弁当注文を受けるかどうかの話し合い、「無理をしたらいかん…」「精神障害でも頑張れるところを見せたい…」そんな二つの隙間みたいなものに彼らの日々があります。

■2002年12月07日(土)  小規模作業所の補助金カット
 冬の時代を迎えている今、「あっぷる」のような障害者の地域共同作業所を囲む状況も同様、国の補助金110万円が今年度には全国で約100ヶ所のカット、3年の経過の中でほぼ補助金が打ち切りとなる、そんな厳しい話さえ現実のものとなりつつあります。精神・知的・身体、それぞれの関係団体がこの補助金削減やカットの方向に対して、署名活動や請願、並びに反対の為の活動を始めていくような、そんな動きも現実的に行われつつある様子、それぞれの活動の根底に関わる大きな問題が、静かにしかも早い速度で進展しつつあります。
 
 「川は高い場所から低いところに流れる…」いつもどんな時代でもその一番末端である場所がその対象として標的となっていきます。作業所のたかだか110万円のチェックを要求されるなら、数億もの運営費に基づく社会福祉法人施設は、作業所の数十倍もの勧告や行政指導がなされなければ不条理というものです。
 
 共に公的資金(税金)の捻出に拠るものとしては同様であったとしても、その求められ方や粛正の順位はいつも末端の一番「しんどい」部分から執り行われていきます。それは政治の世界の構造改革や行政改革と同様で、せちがらい道理を真っ先に求められるのは、正直につつましく生きている庶民からという景色に重なっていきます。大義名分への議論は別としても、どんな風にこの場所を残していくのか、どんなに貧しい地域の作業所にあっても、この場所で日々を成り立たせている障害を抱えた彼らの日常が幾多にもあります。流れの中、状況の中に個々の在り方を考えて行ければと思います。

■2002年12月05日(木)  パンフレット
 今日は毎月の給料日、昨日の給料ミーティングを経て今日、お弁当販売の収益金が彼らの掌に渡りました。作業所というこの場所がお金を稼ぐための場所ではないと確認しつつも、手渡されたそれぞれの額面、それぞれの想いは長い話し合いとこの1ヶ月の自らの省みも含んだ、そんな毎月の給料でもあります。
 
 午後からはパンフレットの郵送作業、きんこさん作のトレーナー・バックのパンフレットがついに完成、関係機関やHEARTLANDの会員、夏にTシャツをお買いあげ下さった方々へのパンフレット送付作業をみんなで行いました。このホームページでも販売体制が整い、また夏の忙しさの再来となりそうな予感です。今回はバックも製作、きんこさんの多数のファンや要望かがあっての冬の商品、整えてまた送り届けていければと願っています。
 今夜は社会福祉法人設立の為の準備会議も予定、今月中旬の書類提出に向けて、最後の協議が師走の中に続いていくことになります。

■2002年12月03日(火)  「タウン情報誌トクシマ」に活動掲載
タウン情報誌トクシマ編集部の中野渡さんから書籍が届きました。2月1日に創刊が予定されている「タウン情報誌トクシマ」にHEARTLANDの活動が紹介されたものを郵送して下さいました。
手紙の文字…「スタッフの皆さま、メンバーの皆さま、寒くなりますがお身体には気をつけて…」そんな優しい言葉が刻まれていました。徳島を楽しい街にしたい、徳島を楽しむには欠かせないそんな雑誌を目指しての今回の出版だそうです。HEARTLANDの活動誌面にはメンバーがお弁当作りに従事している際の写真も掲載、彼らのコメントも含めての誌面となっています。活動の広報を下さいました中野渡さん、株式会社メディコムの皆さまに感謝したいと思います。どうもありがとうございました。

 今日は一日パソコンに向かっての書類作り、明後日の法人設立準備会議と重ねて、加速度的に時間が流れていきそうな様子、徹夜になりそうな書類への思案と共に、再度中身やこれからの方向性について自ら確認出来ればと思っています。
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■2002年12月02日(月)  広報とくしま
DSC00838.jpg 130×173 22K 12月1日発行の広報とくしまにHEARTLAND「あっぷる」の活動が掲載されました。徳島市在住の市民の方々に配布される広報誌、担当課からの取材を経て今回の掲載となりました。「地域で共に暮らす」という指標、12月の障害者の日にちなんでの誌面校正がなされているその中、活動の紹介やHEARTLANDの経緯が記載されていました。障害者地域共同作業所という場所がこの街の片隅に在ると言うこと、その事実を知って頂くという事…そんな一つの機会として取材掲載をして下さった徳島市広報課に感謝したいと思います。

 午後からは通所を希望する29歳の男性と母親との話、ここ数年家に閉じこもったままの暮らし、「対人恐怖なんです…」そんな言葉を呟きながらの彼の選択。既に数十回を数えた彼からの連絡、その都度たどり着けなかったこの場所への道程、母親との見学を後日に約束しての午後の時間となりました。「薬で治そう治そうとして薬が増える、飲んだらすぐに病気が全部治る薬やない…」母親がそんな風に呟き続けていました。薬物療法や精神科医療を基とした彼らの回復、その二階建ての部分としてリハビリテーション「母親とまず一緒に参加してみます…」そう話ながらの面接となりました。

■2002年12月01日(日)  東京での時間
 先週の金曜日から土曜日にかけて、東京の池袋で全国精神障害者地域生活支援協議主催による小規模通所授産施設・社会福祉法人化に関しての研修会に出向いてきました。大友会長や武田さん、そして懐かしい人との再会、徳島からは池田の方々やすみれ会指導員の方も参加、両日に渡っての研修会の時間が流れていきました。
 
 小規模法人に関しての話は別としても、2日目の寺谷隆子さん(JHC板橋代表)の話は久し振りに鳥肌ものの内容で3時間近くに及ぶ話を一気に飲み干しました。あらためて社会福祉であるという事、日々の実践、地域生活支援の社会的な流れやそれに付随した私たち自身の在り方、もう60を超えた寺谷さんの言葉にはまだまだ激しい息づかいが感じられ、その気迫に圧倒される程の闘う姿みたいなものが感じられました。遠く7年程前、HEARTLANDの原型としてその活動を参考としたJHC板橋と寺谷さんの思想、初夏の松山で交わした色々な会話、常に変わらないその凛とした日々への想いは一貫しています。
 もう一度再考、そんな事を丁寧に考えるためのいい機会となった東京での時間でした。

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