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■2003年06月29日(日)  退院促進援助事業への取り組み
 東京からメールが届きました。そのメールに掲載されていた「社会復帰退院促進援助」に関する事業、長期入院と高齢化の問題が進む精神医療「社会的入院」の解消を目指して、厚生労働省は平成19年迄に72000人の退院促進を図るとの数値を掲げました。そしてその取り組みに対して「自治体」レベルでの取り組みを行うとの事、送信されてきたメールにはこの事業への取り組みを要望する都道府県名が掲載されていました。四国ではお隣の香川県、生憎この徳島では県レベルでの当初の取り組みは行われない、そんな様子とその詳細が書き記されてものでした。

 先日大熊由紀子さんと会った東京の街での会議、同席していた宮城県知事の浅野さん、障害者領域の経緯を携えた知事は、県単独事業として長期入院の患者さんへの退院促進の取り組みを始めました。予算化、職員を配置して長期入院の患者さんを社会の中の「受け皿」に体験的に外泊させる、そんな斬新な事業を先頭を切って行っている様子をお伺いしました。

 72000人と数値的目標が明示されても、その具体的方策は何一つありません。その一助を担うべき「精神保健福祉士」の存在自身もまだまだこの徳島にあっては未発達な部分を多分に残しています。先日香川の精神保健福祉センターを退職された花岡先生が語ったように、この数字のみが形骸化しないための具体的取り組みを行っていく事が、今何より大切な事なのかも知れません。

■2003年06月28日(土)  新しい場所
 未だ整っていない少し早いお知らせではあるのですが、今活動を行っている北島田の場所とは別の場所に新しい事業展開を行っていく事となりました。2週間程前にスタッフの知人より紹介、大家さんや商店街の会長さんも交えての下見、不動産会社の仲介手続きも含めての時間が流れていました。理事数名と協議、そして何よりあっぷるスタッフとの協議の後、その新しい場所の確保の為の契約を昨日全て終えました。

 あっぷるとの棲み分け、新しい場所の「内容」作り、色々と急いで考えなければならない事は山積みされています。何より人とお金の問題、法人化して何でも出来る基盤が少しは整ったとは言え、新しい事業に係る「経費」は全て寄付財源か持ち出しに近い形のものとなっていきます。契約確保は終えたとしても今後をどのように「維持」していくのか、最低限の「始まり」であったにせよ必要な経費はかなりの額面になっていきます。

 大きな箱型施設ではなく大熊さんの言葉に言う「ユニットケア」街の中に色々なものが点在する、そんな一つの方向性を確かめながら進んでいければと思っています。

■2003年06月26日(木)  美馬郡心の健康を考える集いにて
 今日の午後は穴吹「美馬郡心の健康を考える集い」に講師として呼ばれ、社会福祉法人ハートランドの設立経緯や障害者地域共同作業所を囲んでいる厳しい状況、地域生活支援に関してのHEARTLANDからの状況報告等を行ってきました。美馬郡心の健康を考える会、美馬郡精神保健福祉関係機関、民間公的機関、医療や福祉、その他ボランタリー、そして障害者地域共同作業所を軸とした家族会や保健所、様々な名士も含んでの団体が会の構成メンバーになり精神保健福祉に関する研修会や啓蒙活動等を行っている経緯があります。

 一時代前、愛媛県の御荘を中心に設立された同様の「会」があり、ある意味時代の産物的な会の設立と、同様の構成メンバーによる取り組みへの角度、美馬地区にある障害者地域共同作業所「やよい寮」の社会福祉法人化への模索等「未来」をどんな風に考えていくのか、その関心事の下に多数の方々の参加と熱気が溢れていました。

 人と人が並びゆく法人化という事、形式ではなく「実」の部分としての想いがどんな風に尊重されていくのか、箱物を作るだけの作業ではなく、どんな経過を伴いどんな人が寄り添っていくのか、HEARTLAND自身の事も含めて今一度省みてみたい、そんな時間ともなりました。講演依頼を含めてお世話になった穴吹保健所にお礼を申し上げます。

■2003年06月24日(火)  スタッフ会議
 今日は午後から随分と時間をかけてあっぷるのスタッフ会議を行いました。新規事業としての徳島市内籠屋町の店舗物件の契約が間近、今の場所でのお弁当製造に加えて「新しい事業」をどんな風に考えていくのか、そんな時間としての会議となりました。社会福祉法人ハートランドとして法人認可を受けたとは言え、新規事業への「投資」は殆ど持ち出しの状態、補助金が増額されたとあっても、その使途にはかなり制限があり、新しい場所の獲得や維持に係る経費の取り扱いは、厚生労働省に尋ねる形の中からのものです。希薄なリアリティーは「法人化したら何でも出来るじゃないですか、お金も余裕があるし」そんな言葉を歩けば伝えられるのですが、現実には「とんでもない話」である訳です。

 商業や企業の倫理、そして合理化やそぎ落とされていく事に不似合いな「彼らの存在」発想の転換等ときれいな言葉でもなく、またHEARTLANDを作った頃と同じ「繰り返し」を行っていく事になっていく訳です。

 明日は店舗(賃貸物件)の契約、その場所で「何をどんな風に行うのか」お金をかき集める事よりも人をどのように配置する事よりも、変わらない「命題」への向かい合いが急務の事となってきそうなHEARTLANDの日々です。

■2003年06月23日(月)  祭りの後
 社会福祉法人ハートランド設立記念式典も先週の土曜日に無事終了、祭りの後といった様子の月曜日とまた繰り返し繰り返しの「日常」に戻ってきました。さすがに土曜日が疲れたのかメンバー3名程がお休み、普段よりも少ない人数でのお弁当製造となりました。設立記念式典の後かたづけ、臨席下さった来賓の方々、たくさんのお祝い、式典に参加下さった関係機関へのお礼状持参と、お礼の言葉を携えての挨拶廻りを一日行いました。
本当にたくさんの方々と共に時間や想いを共有できた事にお礼を申し上げます。

 一段落した所で次の展開、懸案していた「籠屋町」の新規物件の契約、新しい「場所」作りに向けての準備や確認作業を急いで行っていく諸問題が山積みされています。機能分化という程難しい訳ではありませんが、少しあっぷるとは違った色合いと角度、集える場と憩いの場、そして何より姿を見せていくための「活動」早急に内容についての吟味を行わなければならない状況となってきました。理事との確認、あっぷるスタッフとの協議、メンバーとの共同作業、忙しさの中に6月最後の週が駆け抜けようとしています。

■2003年06月22日(日)  社会福祉法人ハートランド設立記念式典を終えて
 昨日無事に社会福祉法人ハートランド設立記念式典を終える事が出来ました。金曜日に来徳された大熊由紀子さん、超多忙なスケジュールの合間を縫ってこの場所に「言葉」を刻んで下さいました。ふとしたきっかけの由紀子さんとの出会いは今から3年程前「旬な場所があるよ」との便りを下にあっぷるのお弁当作りを眺めに来て下さいました。あれからの行き来の数々、精神保健福祉領域のバイブル的存在としての著書「ルポ精神病棟」、激しさはその著書を書き記した旦那さんより、しなやかに強く由紀子さんの存在や言葉となって大きな「力」をHEARTLANDに送り続けて下さいました。共に昨日という「小さな一日」を過ごせた事に感謝したいと思います。

 参加して頂いた多数の方々、高知県さんかく広場の武田さん、香川吉備国際大学の芝さん、愛媛の徳永さん。7年前、小雨交じりのHEARTLAND設立総会、遠い日の始まりに共に想いを語ったそれぞれの方々と共に今日を過ごせた事に感謝したいと思います。

 小さな一日が終わりました。「人の中に・街の中に」また始めていこうとそんな風に思っています。

■2003年06月19日(木)  座談会の打ち合わせ
 いよいよ記念式典まで後数日、参加申し込みも遠い人や近い人、精神保健福祉領域の方々やそれ以外の方々、大熊さんの講演という事も手伝って多数の方々からの参加申し込みが引き続いています。最終準備の確認、人の役割分担も含めていよいよ最終コーナーとなってきたそんな観する連日のHEARTLANDです。

 今日は太陽と緑の会杉浦さんと座談会や式典に関しての打ち合わせを行いました。確かに社会福祉法人ハートランドとしての認証を受けた事のセレモニー的な部分は含まれるとしても、座談会の中で「何を語るのか」そんな事柄を軸に互いに色々と話を行いました。社会福祉法人という事ではあるのですが、実際には何千万・何億もの「運営費」のそれとは全く別の世界、「補助金が上がっていいですね」そうは語られても580万円からの増額という事実をどう読むべきなのか、結婚披露宴や「しゃんしゃん総会」的な祝いの席ではなく、現実の状況やその中に囲まれているHEARTLANDである事を伝えなければならない、そんな想いがやはりするのです。単純な批判や短絡的にネガティブな部分だけを語る事は避けたとしても「今」をリアルに語りゆく中で、簡単に使いゆく「地域」や「生活支援むといった言葉をこの期に及んでもう一度考えてみたいとも思うのです。

 いよいよ明日には大熊さんが来徳、間近な土曜日に秒読みとなってきました。

■2003年06月17日(火)  記念式典に向けて
 いよいよ土曜日が社会福祉法人ハートランドの設立記念式典、大熊由紀子さんからも当日の「資料」が届きいよいよ間近となってきました。当日の会場設営や準備物品、役割分担や人の配置も含めてあっぷるのスタッフも連日忙しい中に時間を過ごしています。精神領域で初めてとなるHEARTLANDの社会福祉法人化、精神医療が施す社会復帰への取り組みとは少し違う場所からの「はじまり」グループホーム事業や新しい事業展開に向けての始まりの時にしたいと思います。

 午後にはみんなでクッキー作り、今までお弁当注文・配達を行って来た事業所への贈呈のクッキーと記念式典でのお茶菓子、みんなでにぎやかにクッキー作りを行いました。
 新しい人の面接も今日、通所を希望する20歳代の女性、数回の精神科への入退院、知的障害児施設の生活支援パートナーにこの場所を紹介されての今日の面接、母親からの連絡も含めて明日からこの場所に通う予定となりました。

 週末の記念式典と大熊さんとの再会、いよいよ加速度的に土曜日を目指していく事になりそうです。

■2003年06月16日(月)  彼女からの電話
 昨日の午後、パートに従事している彼女から緊急の電話がありました。ずっと従事し続けてきたパートの仕事は半年を過ぎ、それなりに何とかくぐり抜けていた日々があったのですが、ここ数日病状が再燃、思いあまったあげくに雇い主である職場に自らの「病」の事をうち明けたのが数日前との事でした。
 「今日も何とか仕事に来たけど体調が悪く早退をお願いした。病気を考慮してくれている様子ではあるが、話せば働いてくれと言われた、休めば休んだで首になるし、かと言って無理して今の状態で仕事できんし、どうしたらいいと思う」そんな相談の電話でした。

 焼け野原みたいな状況の中に立ち向かう彼女の「就労」。休むことを勧めるも力弱く、かと言って「頑張れ」とも告げられず無言の行が互いの電話の声を遠ざけていきます。
時折変調をきたす症状、わかってもらえる範囲と周囲、途切れた電話の行き先は、今日の朝あっぷるの他のメンバーから聞きました。「仕事に行ったみたいです。大変やし厳しいなぁ」彼女からの連絡はその後未だありません。

 あっぷるでは午後から「お弁当販売作戦会議」それぞれが色々な意見を交わし、これからのお弁当作りや販売作戦の展開に関して取り扱いました。軸としての日常活動、またみんなで新しい日々を創造していく事になります。

■2003年06月15日(日)  卒業したメンバーの文字
昨日の引き続いて記念式典資料集、元通所メンバーからの投稿文です。

 山下さんとの出会いは、私が病気で入院していたころ京都からケースワーカーとして病院に勤務され、今までの徳島の病院とは違う息吹を吹きかけて下さったことが最初です。主治医にも10年お世話になり、父と共に山下さんを紹介していただいたことは私にとって本当にラッキーなことでした。徳島市内で独立しようとしていた私に、退院時にはワープロでわかりやすく保健所や市役所での手続きの仕方など、誰を頼ったら良いかなどを書いた紙を手がかりに、働いて今一人暮らしを始めて10年経とうとしています。

 そんな山下さんが作業所を設立したというお話を聞いたのは、私が市内に来てそう遠くではありませんでした。今徳島にも作業所はたくさんあります。私がハートランドで活動していた昨年は、法人化に向けてTシャツの販売や、ゴダイゴにいらしたミッキー吉野さんや和太鼓で名の通ったヒダノ修一さんの善意のチャリティーコンサートなど6ヶ月間の中に色んな想い出があります。
 本来ならずっと続けて通所したかったのですが、経済上の都合から実社会での就職を余儀なくされました。本当なら、10年でも20年でもいたかったのですが、やはり現在の道を歩むことになりました。
 私は、作業所を通じて責任を持って一つの仕事をやり遂げることを覚えました。そして一人暮らしを続ける私にとって、作業所で得た友人は心の財産です。あっぷるでの友人がいなければ現在の仕事も続いていません。これからも、法人化されたハートランドあっぷるの発展を願ってメンバーの人たちと、時を共有しながら自分に課せられた仕事をしていきたいと思っています。

■2003年06月14日(土)  卒業したメンバーの文字
 21日の記念式典当日に配布する「資料集」の作成を終えました。今まで発行してきたHEARTLAND通信やかわら版、メンバーが書き記したお弁当の帯の言葉に加えて、この場所を旅立っていった2人のメンバーさんが手記を投稿してくれました。今日明日とここに掲載したいと思います。

 富田町のボランティアセンターに数人が集まり、それぞれの想いを話す。その中にはソーシャルワーカーの姿があり、そして数人の当事者の姿があった。不動産屋を回り、精神障害者のグループホームを借りようとしたが、なかなか見つからずようやく大家さんに直接話をしたところ、今のHEARTLANDあっぷるの場所が借りれた。借りた最初の当時は何も無かった。テーブル・イス・食器棚・流し台・ポット・ガスコンロ・2階に上がる階段・洗濯機など太陽と緑の会からの支援があった。

 夕方簡単な料理を集まった仲間で作った。その中には日和佐から車で片道2時間かけて参加するメンバーの姿もあった。時折、みんなの使わなくなった服や小物などでバザーを開いた。集まった当事者や家族の方、病院のソーシャルワーカーの方、読売新聞の記者の方などで話をして、みんなでお弁当を作ろうと決まり、手探り状態の中で作業が始まった。弁当の数は12ヶ程で配達専門だった。1ヶ月が過ぎみんなでそれぞれの給料を話し合い決めた。私の給料は2000円程だった。

 私は給料よりも、精神障害者である私が、精神病院からあっぷるに通い、心が癒される事の方が嬉しかった。私の居場所がある事が嬉しかった。その反面、いつあっぷるが無くなってしまうかわからないという明日が見えない日が続いた。それはあっぷるが未だ障害者の作業所に徳島県市や国から正式に認可されていない現実があったからだ。後にあっぷるが障害者の作業所として認可を受けたがしばらくかかった。

 そして月日が流れあっぷるに大きな看板ができた。店の正面玄関もレイアウトされ、レジも入り店頭販売が始まった。今では、メンバーさんの努力とスタッフさんの働きかけでHEARTLANDあっぷるは法人と国から正式に認可された。最初は何も無かった。みんなの想いが集まって少しずつ形になり、社会の中と外でさまよっていた私たちが、街の中、社会の中に集える所が今在る。夢でも蜃気楼でもない。
HEARTLAND精神障害者小規模通所授産施設あっぷるは存在する。あの時、マッチ棒1本の明かりが、今では確かな岬の燈台になった。

■2003年06月13日(金)  新しいスタッフ
 今日からHEARTLANDに新しいスタッフが加わりました。故郷の福岡を離れ大学で臨床心理を学んだ村田さん、大学在籍中からHEARTLANDの活動にはボランティアとして参画、既にあっぷるのメンバーとも顔見知りの彼がこの場所に立つことを選択してくれました。お弁当製造という部分もあって、今までは女性スタッフが中心としての日常であったのですが、新しい色合いとして男性のしかも年若き彼が日常に加わってくれる事になりました。社会福祉法人ハートランドと言ってもなかなか「貧しい枠組み」には違いなく、人の確保には注文も出せない状況が歴然とあります。とても「給料」とは言える額面でもないこの場所の「保障」、それでもこの場所を選択した彼の「未来」に期待したいと思います。
 記念式典の座談会の打ち合わせで訪ねた太陽と緑の会の杉浦さん「こんなやくざ稼業にようこそ来て頂きありがとうございます」こんな言葉をエールとして贈っていました。

 昨日の徳島新聞の記事に掲載された記念式典・新聞の効力か多数の問い合わせや参加申し込みが続いています。午後には会場借り入れの契約や備品の確認、いよいよ1週間少しとなってきた今日、当日の資料も印刷会社に廻しました。全体の色合いや精神保健福祉センター幸田先生座長の座談会の打ち合わせ、週末の休みを終えると加速度的に迎ゆく事となります。

■2003年06月11日(水)  学生の見学
 今日の午後、兵庫県赤穂市の福祉系大学で学ぶ学生が2名、HEARTLANDの見学に来られました。年若き男性2名、精神保健福祉士を目指す路の途中、徳島市内の精神病院での福祉実習の時間を費やして足を運んでくれました。HEARTLANDの概略に始まり精神保健福祉士の状況、国家資格化の経緯や精神病院内での業務等、短い時間ではありましたが伝えたい事は一通り伝えてのやりとりとなりました。街の片隅、教科書の言葉ではなく「実情」を感じながら良き専門職になって頂ければと願います。

 新しい場所の確保のための物件探し、部屋をどう確保するかよりも「何を行うのか」をブラブラしながら絶えず考えているそんな連続した時間を過ごしています。大した事ではないのですが、考えてみれば一番「大変な」事でもありなるべく穏やかに研ぎ澄まされていきたいと思っています。

■2003年06月10日(火)  新しい場所での活動に向けて
あっぷるでお弁当製造を初めてかれこれ3年が過ぎました。お弁当作りの風景一つをとってみても実に様々な出来事があり「ごちゃまぜ」の中に今まで日々を刻んできた、そんな「良さと悪さ」みたいなものが渾然としている状態があります。

嬉しい事にその前提としてお弁当の注文が途切れる事なく続いているという事、それ故に時間に追われる形でお弁当を製造するという風景が成立していきました。この場所を一つの居場所として考える人、次のステップに向けての「プレステージむと位置づける人、それは人それぞれに様々な形のニードでもあるのですが、その一つ一つに則した「注文」が出せず一括り的な日常しか過ごせない部分も多々ある訳です。

 「時計に追いかけられる事が苦手な人には時計がない方がいい」今日の午後に精神保健福祉センターの幸田先生と記念式典の打ち合わせをする傍ら、そんな話題にも話が及び、今のあっぷるとは別の場所の確保に関連した話を行っていました。

限られた人と限られた時間ではあるのですが、今の場所での活動を軸に、次の展開につながる、或いは今とは違う趣の「新しい場」の確保に急ぎたいと思っています。

■2003年06月08日(日)  池田小学校事件から2年
 ちょど今日を前後して「池田小学校事件」から丸2年が経過しました。2年前の事件直後、ちょうどHEARTLANDの記念式典と時同じその日に事件が起こり報道の渦中となりました。被害者の宅間被告が精神障害か否かは別としても、HEARTLANDの記念パーティーを準備する傍らでみんなで集まり事件の事柄やあっぷるでのお弁当作りについて話し合う時間を緊急的に設けた事を思い出します。週明けの月曜日のお弁当販売が完売であった事実、その昼に継続したミーティングを行った事を鮮明に思い出します。

 国会で審議がなされ法案成立を見た「医療観察法」保安処分の問題も相まって自傷他害の恐れがあると見なされる精神障害者は「司法」の下に強制的にその身柄拘束の執行が状況に応じて行われていく事になります。医療ではなく司法の対象となる事、審議や議論は幾たびもなされた中での今回の法案成立の契機は「池田小学校事件」である事は言うまでもありません。

 長期入院患者の社会的入院の解消、72000名の退院促進と厚生労働省は具体的数値目標を掲げても、その具体的施策の実施や予算の裏付けとしての事業化にはまだまだの観が否めません。今年度の精神保健福祉予算、社会復帰施設関連の予算は大幅に削減され、施設建設の承認数が激減するいう矛盾した表裏の現実が「今」にあります。

 池田小学校事件の後、池田市は精神障害者の地域生活支援センターを立ち上げました。排除し特別な拘束という処置ではなく、必要な「資源」や「取り組み」を進める事でその対処の方策とした行政の取り組みは評価されるべきものでもあります。囲む人が何を眺め何を行っていくのか、個人の責務にとどめることなく「社会全体」としての責務をどんな風に確認し連帯していけるのか、一つの事件から2年が過ぎました。

■2003年06月06日(金)  ボランティア
 今日のあっぷるにはボランティアを希望して活動に初めて参加して下さった大久保さんの姿がありました。大学卒業後、養護学校の教員を目指している彼女、新聞紙面でHEARTLANDの活動を知り、自分の空いた時間をこの場所のボランティアとして活動に参画してくれる事になりました。街の中の片隅、教科書の中の言葉ではなく、彼らが「暮らす」現実の日々が幾つもこの場所には在ります。裏と表ではありませんが、進みゆく彼女の人生にとって一つの「きっかけ」になってもらえれば幸いです。既に活動に参加してくれている作業療法士の金村さんも交えて、にぎやかな金曜日のお弁当作りの風景です。

 午後にはスタッフで記念式典の会場となる「ふれあい健康館」に下見に出掛けました。あと2週間程で開催、準備物品や役割分担等、広報活動も含めていよいよ本番間近となってきました。大熊さんとも今日は日程等の確認を行い、来る日が間近なものとなってきました。

 あっぷるメンバーは通所を中断していた男性が再登板「仕事も無理だと考えたし、家に居ても退屈だし、もう一度頑張ってみたいと思います」迷いの後のそんな言葉を持って今日の朝、またこの場所に彼は立ちました。自分の吐いた言葉がせめてきっちりと彼を指してくれる事を願いたいと思います。

■2003年06月03日(火)  愛媛砥部町「ハートピアみなみ」
 今日は一日をかけて愛媛の砥部町を訪ねてきました。家族会総会での講演が主としてのものであったのですが、この機会に交流のある障害者地域共同作業所「ハートピアみなみ」の徳永さんとの再会の時間ともなりました。HEARTLANDへの2回を数えたお弁当製造の見学、精神保健福祉センターを離れ「野の人」となった徳永さんが描く「地域生活支援」のための取り組み、そこには新しい事業活動の展開とそれに胸躍らせるメンバーやスタッフ、そして脈々とその活動を継続させてきた家族会の方々、市町村の時代としての砥部町の理解在る行政支援、新しい活動の日々と多数の方々の想いがあちこちにちりばめられていました。

 来年度認可に向けた社会福祉法人化への取り組みと新規に開設されたグループホーム、家族・関係者・行政が一体となっての息吹が確かにそこにはありました。
 あっぷるでのお弁当製造と今のHEARTLAND、始まりの頃の「息吹」を再度確認するために、近々この場所とこの街の取り組みに触れる見学の機会を持てたらと願います。

■2003年06月02日(月)  「地域福祉権利擁護事業」という制度
 今日の午後、あっぷるに通所している女性メンバーのケース相談、徳島県社会福祉協議会権利擁護事業担当の昼間さんと徳島社会福祉協議会の谷さんを交えての相談の時間がありました。財産管理上での問題、子供が母親のお金を無断に取り続ける状況、金銭管理と今困っているその問題の解決とヘルプをこの制度に求めての物でした。
 新しい制度としての「権利擁護事業」言葉にすれば簡単であっても、その取り扱うべき内容は非常に大きな意味のある難しいものでもあります。緊急的な対応・ケース介入としてのイントロとその後、制度を近づけるのも遠ざけるのも「人」の在り方や眺め方が大きな影響力を持ちゆきます。

 「訳」をはなさなければ始まらない制度、話せない「訳」が片方であるという事実、とりわけ精神に障害を抱える方々のケースワークでは配慮を行わなければならない部分でもあります。「今困っている人がいてその困っている事柄に対して何をすべきか…」そんな担当の昼間さんの言葉が真っ直ぐに響いていました。

 徳島県社会福祉協議会 権利擁護事業 http://www.tokushakyo.jp/jigyo/kenri/

 あっぷるは今日はお弁当作りはお休み、「給料ミーティング」の時間に費やした一日となりました。明日は朝から愛媛県砥部町に、障害者地域共同作業所「ハートピアみなみ」の家族会総会にて話を行う予定となっています。

■2003年06月01日(日)  HEARTLAND7周年記念パーティー
 HEARTLAND7周年記念パーティーが昨夜盛大に行われました。毎年1度開催し続けてきたこの時間も回を重ねる事7回目、新しい人も古い人も交えての時間となりました。参加出来なかったメンバーもいましたが、多数のメンバーが記念パーティーを楽しみにしていた様子で台風一過の中無事に開くことが出来て何よりでした。

 普段より少し着飾って登場してきた人、Yシャツにネクタイ姿や楽しそうな彼らの横顔もあちこちにこぼれていました。同じ場所と同じ時間の中、そして様々な人や少しずつ移り過ぎたHEARTLANDの状況、継続できてきて日々を彼らと共に嬉しく思います。

 明日の月曜日はお弁当製造をお休みしての「給料ミーティング」火曜日は愛媛の砥部町「ハートピアみなみ」家族会総会での講演予定、気がつくと暦は6月、記念式典の準備等を進める時間にまた早い日々の流れが予定されている6月となりそうです。

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