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■2004年02月29日(日)  精神保健福祉士・中四国大会
 第19回を重ねた精神保健福祉士中四国大会に参加のため、土日と山口県の下関に出向いてきました。以前精神病院に勤務していた折りは、毎年恒例の事として参加していた大会も、HEARTLAND設立の頃からすっかり出向く事もなく、気がついてみれば今回の参加はかれこれ10年ぶりの事でもありました。昨年の広島大会、賀茂病院の富島さんからの出演依頼は社会福祉法人化に向けての多忙時期でもあり、その参加を断ったのですが今回もまた富島さんからの話があり、シンポジュームのパネラーとしての参加となりました。久しぶりに訪ねた大会は、中四国の精神保健福祉士が約400名近く集まる盛大なもの、普段着のま上がった壇上は、眩しいばかりの空間でもあり時の移ろいと様々な雑感を覚えました。

 「権利」を考える様々な論議、そして憧れである基調講演者のJHC板橋の寺谷さん、何より中四国の懐かしい人達の再会は心和む時間でもありました。毎年行われているこの大会、残念な事にこの「徳島県」ではまだ開催がなく、常に「徳島で」との声が上がり続けている訳ですが、いよいよ来年度の開催県として、この中四国大会を検討していく事となりました。県支部の仲間と共に、開催に向けた検証を行って行ければと思っています。

■2004年02月27日(金)  カラオケ
 今月のレクリエーションに先日みんなで出掛けてきました。何よりメンバーの希望が一番多いのは「カラオケ」よって今月の遊びもあっぷる近くのカラオケボックスでの午後の時間となりました。それにしてもどうしたのかと思う程の彼らのカラオケ好き、延々と限られた時間の中に彼らの歌声が途絶える様子もありません。昨年秋の奈良旅行も同様、移動のバスの中は大カラオケ大会、最初から終わりまで「カラオケ」好きな彼らが多数います。
 あっぷるの授産会計、社会福祉法人経理基準としての授産会計は、働き儲ける事は言うまでもなく「遊び」の部分の支出に関しても稼いだ中からの捻出となっていきます。毎月のレクも彼らがお弁当販売を行った収益金の一部をもって、その費用としています。当たり前に求められる事は当然であったとしても、なかなか「授産会計」の中に含まれる問題点は多々あるように思えてなりません・その上に来年度は年間運営費の削減が決定、1050万円という縮小した予算枠と制限付き使途の中に日々を描かなければならず、何処までいってもこの場所の「矛盾や不条理」は深まるばかりです。

 明日からは中四国精神保健福祉士大会のため、山口下関へ、病院退職時以来のPSW研修会、シンポの中でこれまた大変な「権利」について話を行ってくる予定となっています。
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■2004年02月26日(木)  かわら版2月号
 今月のかわら版が発行となりました。いつになくメンバーさん達の文章が多く書き記されています。

 私があっぷるに入ってから約半月が経ちました。現在はまだまだ仕事をこなす速度にも慣れておらず、遅いものですが、日を段々と追う毎にやり遂げる達成感を覚え、手応えも実感しております。しかし、最初はこの場所へと来るだけであっても、内心は不安なものでした。テレビの像とラジオの音とコンビニの食と共に、ただ一人部屋に閉じこもる。孤独ではあっても、孤独であることを開き直り、現実を直視しない無意味な日々。

 死ぬまでループしそうな毎日から抜け出したい、ここへと足を運んだのはその一心でした。半月という時間は緩やかに「吹きすさぶ寒風と風雪から、ひだまりの湧く小春日和へと」そんな巡り来る情景と季節が今、毎年同じ軌跡をたどりながら変わりつつあります。この移ろう四季の変化のように今、自分も少しずつ変化していこう、そう心に刻みたいと思います。

◇ついこの間、あっぷるに復帰しました。やはりあっぷるの人は優しく暖かく迎えてくれ、自分してはとても働きやすいです。これからも宜しくお願いします。

◇新しい年になって2ヶ月あっという間に過ぎてしまいました。あれこれしたい事があっても思う 様に行かない私です。

◇早いもので僕があっぷるに来てもう2ヶ月が過ぎようとしています。ディケアと一緒に来させてもらっています。結構、精神保健福祉の現状が身にしみてわかります。僕が今生活しているのはリアルな世界です。

◇あっぷるに来だしてまだ日が浅いのですが、大分慣れてきて楽しくお弁当作りをさせて頂いています。おかず作りなど時々勉強になりました。またあっぷるでの経験を生かして、色々な料理作りにチャレンジしていけたらいいなと思っています。

◇あっぷるで働かせて頂き、早3ヶ月が過ぎました。メンバーさんも色々に変わってきて素晴らしい人がたくさん後から入ってきて、僕もみんなに負けないように頑張っています。これからも 身体の続く限り、皆さま方と共に喜んで頂けるお弁当作りに頑張りたいと思います。「人から受けた恩は石に刻め、人に与えた恩は水に流せ」

◇私は主にお弁当作りをしています。人数が足りない時にはたまに喫茶店に行きます。接客の 仕方や話し方、人間関係と色々ありますが、とても勉強になっています。私の料理のレパート リーは少ないのですが、自分の分のお弁当を持ってきて食べています。自分の評価はまぁまぁと思っています。これからも少しずつですが、料理の研究をしてレパートリーを増やしていきたいと思っています。皆さんも健康でありますように、お元気でお過ごし下さい。

◇今年になって新しいメンバーさんも増えて、教える立場になる事があるのですが、自分もまだまだ未熟で慌ててしまったり上手く教えられなかったり、自分ももっと責任や誇りをもってお 弁当作り、籠屋町の喫茶店の作業に取り組まなければならない。また自分はもうすぐあっぷるに来て1年になろうとしています。友人、仲間も増えてとても嬉しく心リノ支えにもなります。仲間達と助け合ったり、苦楽を共にし絆を深めて行けたらと思います。

■2004年02月24日(火)  「脱施設化」続編 滋賀フォーラム
(京都新聞)[2月21日22時30分更新]
■障害者福祉のあるべき姿問う 滋賀で首長14人が討論
 
 障害者福祉がどうあるべきかをテーマに全国の知事8人や市町長ら計14人の首長が意見交換するシンポジウムが21日、大津市内のホテルで行われた。宮城県の浅野史郎知事が知的障害者施設の「解体宣言」と称して、施設入所の知的障害者が地域で暮らす条件を整えることを表明。国松善次滋賀県知事や山田亘宏守山市長ら出席の首長らは相次いで「賛成」の意見を述べた。
 シンポジウムは20日から3日間の日程で行われている障害者福祉の研修会「アメニティーフォーラムINしが」(同フォーラム実行委主催)の一環。全国の福祉施設
職員や行政職員ら約1500人が参加した。「解体宣言」で浅野知事は、「障害者が地域で生活できるよう支援する。普通の生活が地域にしかないことを実感してほしい」と語った。これに対して「端的な表現のため誤解に気を付けないといけないが、目標や理念は同感だ」(国松知事)「障害者本人が何を求めているかが大切」(木村良樹和歌山県知事)「問題提起のきっかけにし、内容の議論を」(増田寛也岩手県知事)などと賛成した。
 シンポジウムではこのほか、財源として、支援費制度を介護保険制度と合わせることなどについても議論した。
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(毎日新聞)[2月21日22時50分更新]
<宮城県>知的障害者施設 浅野知事が「解体宣言」発表

 宮城県の浅野史郎知事は21日、大津市で開催中の「第7回アメニティーフォーラムINしが」(実行委主催)で、県内すべての知的障害者入所施設の「解体」を目指す宣言文を発表した。「障害者が(地域で)普通の生活を送れるようにすることが障害福祉の目的。(その実現を)少しでも早めるよう各種施策を準備する」とうたっている。コーディネーターを務めたシンポジウムの参加者約1500人に配った。
 「みやぎ知的障害者施設解体宣言」と題し、浅野知事は冒頭で「時間はかかっても、施設解体が可能になるための地域生活支援の施策充実を目指すべきだ。解体はその後になる。決して目新しくはないが、行政がやると言ったことに意義がある」などと話した。宮城県内には、民間も含め28の入所施設(定員1845人)がある。
 パネリストの片山善博・鳥取県知事は「『脱ダム宣言』を思い出した。世間を震撼(しんかん)させる意味で効果がある」、木村良樹・和歌山県知事は「大きなインパクトがあるが、誤解を招かないようにフォローすることが大事」などと述べた。
 シンポジウムは「地域生活を理念だけで終わらせないために」と題し、全国の知事や地元市長ら13人が出席。障害者施設の民間への移行や情報アクセスなど、各自治体が抱える課題を話し合った。フォーラムは20〜22日。

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(読売新聞)2004.02.22
知的障害者入所施設、浅野知事が「解体宣言」改革派知事から賛同=宮城
東京朝刊
 ◆「普通の生活は地域で」
 浅野知事は二十一日、滋賀県大津市で開かれたシンポジウムで、宮城県内の知的障害者入所施設を順次解体し、知的障害者の“脱施設”を進める「宣言」を正式に行い、片山善博・鳥取県知事や木村良樹・和歌山県知事ら「改革派知事」から賛同を受けた。
 入所施設の解体宣言は「知的障害者の普通の生活は、地域の中にしかない」という浅野知事の持論を体現したもの。入所者約四百八十人を抱える県内最大の施設も二〇一〇年までに解体させる方針で、軽度の障害者から順にグループホームなどで生活を始めている。
 シンポジウムの中で、知事や市長ら十四人が参加した討論会の司会進行役を務めた
浅野知事は冒頭、「みやぎ知的障害者施設解体宣言」を発表。知的障害者が地域の中
で普通に暮らすための条件整備や支援を進める趣旨を説明した。
 これに対し、片山知事は「障害者が何を望んでいるかを考え、必要な選択肢を用意することは行政本来の役割。基本的に賛同する」と表明。木村知事も「施設を出たがっている知的障害者は多い。宣言は知的障害者福祉の流れを変える良い契機になる」と評価した。
 一方、「実現させたいとは思うが、一緒にやっていくかはこれから考えたい」(堂
本暁子・千葉県知事)、「中身のある重い提案だが、言葉だけでは誤解や心配を招く
かもしれない」(古川康・佐賀県知事)などと慎重な意見もあった。
 

■2004年02月23日(月)  「福祉」という仕事
 四国学院大学福祉学科4年生の若月さんがあっぷるに朝早くから来て下さいました。現在在学中、間もなくの卒業を控えて将来は精神保健福祉関係、地域の障害者地域共同作業所やHEARTLANDのような場所での勤務を熱望されている若き人。朝のお弁当作りに始まり午後の喫茶店業務、ほぼ一日の流れに沿ってこの場所の空気を吸ってもらう機会となりました。
 
 不景気な「今」福祉業界への求人が殺到していく状況が確かに在ります。京都の法人施設では一人の募集定員に100人以上の問い合わせがある事も必至との事、不景気故のこの時期に「福祉」が安定に映るのかどうか、逆に景気の良い時期には「給料も安くてしんどい仕事」と見向きもされないその裏側の側面、「公務員的福祉」が横行される今、本当に選ばれた人がある意味「選ばれなかった人達」の息づかいを感じ取れるのか、そんな事も否応なしに考えてしまう部分もあります。

 籠屋町あっぷるでは小松島の障害者地域共同作業所「21世紀工房」からの見学。18名もの人が遠くから足を運んで訪ねてきて下さいました。同じ地域のそれぞれとして、今後も色々な交流の機会が持てる事を望みたいと思います。

■2004年02月21日(土)  「脱施設化」 宮城県浅野県知事 新聞記事
 宮城県浅野県知事が語った「脱施設化」の文字が2/10日の新聞紙面に掲載、東京の仲間からその記事の抜粋が届けられてきました。(以下に記載) 知的領域にとどまらず宮城県・浅野知事は精神障害者の退院促進援助事業を県単事業として行い、県下のグループホームを使った「社会的入院解消」への取り組みを予算化しました。72000人の社会的・長期入院者の問題、具体的な施策とその予算取り、義務規定ではない各自治体の取り組みには当然地域間格差と取り組みへの温度差が生じていきます。地方交付税の減額、費用対考課の問題、脱施設化とその後への取り組み、この街のこの徳島県の「福祉」と照らし合わせて考えてみたいと思います。

 宮城県知事・浅野史郎 http://www.asanoshiro.org/

【朝日新聞】2004年02月20日(金)付

■脱施設「宮城全県で」 知的障害者、地域で生活知事が宣言へ

 宮城県は、県内にあるすべての知的障害者の入所施設の「解体」を宣言する。04年度から入所者が地域で生活できるように支援する予算を充実させることなどで、民間の施設を含めて地域移行を促す。20日から大津市で開かれるシンポジウムで浅野史郎知事が公表する。障害がある人もない人もともに地域で暮らす「ノーマライゼーション」の理念を都道府県単位で実践する全国初の試み。
 
 宣言は「入所施設を解体して、知的障害者が地域の中で生活できる条件を整備する」としている。目標とする時期などは示していない。県内には社会福祉法人が運営するものも含めて28カ所の入所施設があり、現在約1800人が生活している。宣言には施設数で8割以上を占める民間施設への強制力はない。県は脱施設に誘導していくため、地域移行を進める予算を04年度は前年度より1・5倍にして約2億円にするが、知的障害者関連予算(約40億円)の中ではまだ一部だ。障害が重い人を支援するため、グループホームの世話人やデイサービスの職員を増員した場合に経費を補助する制度を新設する。このほか、現在127あるグループホームは1年間で31増やす計画だ。その他の支援策や解体の具体的な手順については、障害者施策推進協議会などで検討していく。
 
 同県の福祉事業団が02年11月に、重い知的障害者が入所する「船形コロニー」の解体を表明。10年までに500人近い入所者全員を地域のグループホームなどに移行させる方針を示した。入所者や家族に「親元には戻さない」「施設より安心で豊かな生活を保障する」などの条件を示して理解を求め、03年度には目標を上回る68人が退所する。解体宣言はこの取り組みを県全体に広げるものだ。
 浅野知事は「障害者の幸福を実現するという原点に戻って考えたい。地域の中にこそ普通の生活がある。適切な支援さえあれば、重度の人も地域で生活できる」と話す。
 
 厚生労働省の高原弘海障害福祉課長は「脱施設の方向は国と同じだが、入所施設がまったくなくていいかどうかは議論が必要だろう。宣言は問題提起で、幅広い議論のきっかけになる」と話す。
 浅野知事は20日から3日間の日程で開かれる「アメニティーフォーラムinしが」のシンポジウムで表明する。

■2004年02月20日(金)  春のような一日
DSC00580.JPG 166×124 14K ついこの間までの厳しい寒さが一気に緩やかになった天候で、今日は朝からポカポカ陽気に包まれた一日となりました。以前みんなで話し合ったお弁当販売の作戦会議、サービスディを設ける事や特典付きの「スタンプカード」の配布、季節は春に向かう中、少し取り組みが遅くはなったのですが「温かい」お弁当の提供など、メンバーの提案も含めて新しい取り組みへの確認作業を進めていく予定としています。
 「儲ける事」と「知っていだく為の工夫」は時に矛盾し、なかなか二つが程良いバランスを保つ事も困難ではあるのですが、少しでも私たちの営みを私たち自身の手で発信していけるための自助努力を行っていきたいと思うばかりです。

 メンバーの一人から体調の不良を訴える電話が鳴り響きます。「近所の人にきつい口調で嫌な事を言われた。家に居ても落ち着かんし、何処か隠れる場所も無いし、何か変になりそう」との言葉が並びました。退院してかれこれ8年、何とかくぐり抜けるように積み重ねてきた日々は、小さな足下の一つの出来事に時に揺れ動きます。避難すべき場所が無いこと、一人故の不安が募る事「あっぷるの2階でよければ泊まって良いよ」そんな言葉しか提供出来ないもどかしさ、「生活支援」という言葉の意味合いに於いても、グループホームへの取り組みを急がなければとふとこんな時に思います。

 明日は土曜日、籠屋町の喫茶店にまたメンバーが集う一日となります。

■2004年02月19日(木)  04年度県予算案、3年連続のマイナス 一般会計5034億円
徳島新聞朝刊誌面より抜粋

 徳島県は十八日、飯泉嘉門知事就任後初の編成となる二〇〇四年度当初予算案を発表した。一般会計の規模は本年度当初比3・0%減の五千三十四億五百万円。国と地方財政の三位一体改革で地方交付税などが大幅に削減され、三年連続のマイナスとなった。県債の新規発行額は抑制したものの、県債残高は過去最高を更新する見通し。三年続いてのマイナス予算は、地方財政計画制度が創設された一九五四年度以来初めて。

なかなか厳しい予算状況、その中であっぷる近くの元陸運事務所地後に「障害者交流プラザ(仮称)」の建設予算16億円余りが計上されていました。施設の理念や内容は別としても、障害を持つ人に新しい施設(プールや相談機能)が立ち上がる事は嬉しい事には違いないはずですが、その巨額な経費と果たしてその投じた巨額の資金に見合うだけの「障害者と市民」の交流が約束されているのかは、はなはだ疑問に思えてなりません。

 全国でもトップレベルにワーストな徳島県の障害者地域共同作業所への補助金、先日宿泊研修を行った徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会からの「要望書」に毎年繰り返し書き記している「補助金の増額」と「施設維持のための管理費・別枠で上限50万円」の回答は「金が無い」の一点パリ、巨額を投じゆく「箱物重視」の福祉とは対照的にきちんとその回答さえ頂けない状況が連続しています。

 それはそれで意味がある建物とは思いますが、本当に住民参加の地域福祉を進め交流を深める目的を遂行するのであれば、もっと安価に、しかも確かな経験やそれぞれの障害者地域共同作業所が持ち得ている「地域住民との交流」の知恵を、より拡げる事が有意義とはならないのか、疑問を通り越して時に憤りさえ覚えます。
16億の金のほんの一部でも、県下作業所43ヶ所に分配すれば、どれ程それぞれの街や地域に効果が落ちるか、各作業所100万円ずつ投入しても4300万円で済むわけです。厳しい社会状況であればある程、企業が行う「費用対効果」への検証は進みゆくはずです。まだまだ「既得権益」としての「福祉」や吟味無き「投与」が行われる状況が堂々とまかり通っていきます。

 きちんと見つめながら、足下の営みを進めていきたいと思います。

■2004年02月18日(水)  メンバー「お弁当販売作戦会議」
 あっぷるで久しぶりのメンバー会議を今日の午後に行いました。籠屋町の喫茶店がオープンして以後、活動が二つに分かれた事も手伝い、なかなかみかんで集まり議論する機会を持つことに苦労が絶えない現実も多々あったのですが、今日は久しぶりのお弁当に関する話し合いとなりました。
 
 籠屋町喫茶店の現状、お弁当製造販売に関しての新しいアイデアとして、それぞれの場所でサービススタンプカードの創設、毎週月曜日の「サービスデイ」の実施等を決議、収益増加という事柄も考えなければならない部分もありますが、私たちの活動を少しでも多くの人達に知って頂く機会の創出とその広報活動、多くの人がこの場所に足を運んで下さる事への工夫を常に行っておく必要もあります。細かい実施の取り扱いや留意点は次回として、早々に整いの中、新しい活動展開への模索をみんなで取り組みたいと思います。

 午後は県社会福祉協議会主催による「法人監査」研修会に参加してきました。県担当行政からの監査は当然受けるべき「義務」であり、それに付随する整えを行って然りではありますが、実態としての障害者地域共同作業所やHEARTLANDの現実、その中での取り扱うべき問題や為すべき事の優先順位等、現実からの「解釈」を求めゆく作業を「監査」と言う形式の中に行っていかねばと思っています。

■2004年02月16日(月)  由岐町・家族当事者交流集会 日和佐保健所
 今日の午後、徳島県南の由岐町を訪ねての時間となりました。HEARTLANDから片道約2時間、県南の海沿いの街で家族・当事者の交流会があり、HEARTLANDの活動状況や家族会活動に関しての話を行ってきました。市町村という時代、由岐の街に暮らす家族の方々の想いや当事者交流機会の創設等、日和佐保健所・由岐町役場の担当職員の力添えの下に話し合いが行われていきました。

 姿を見せる活動の意義と、まだまだ田舎の小さな街で「病や障害」をオープンに出来ない現実等、時に細かな配慮もそのセッティングには必要となっていきます。
 家族の集う機会、家族会設立に向けた「家族の集い」が4月から執り行われていく事も話し合いの中で決められつつありました。暮らしに身近な場所に集う事の意味、一人ではない事の意味、受け止める市町村や行政、関係者の姿勢、新しい家族の営みがこの海沿いの静かな街に始まりゆく事を切に願いたいと思います。

■2004年02月15日(日)  作業所連絡協議会・宿泊研修
DSC00544.JPG 176×132 14K 昨日の午後から徳島市の厚生年金会館で作業所連絡協議会主催の宿泊研修会が行われました。参加者も50名を越えての盛況、精神に限らず身体・知的領域の県下作業所の職員や関係者が介した時間となりました。
 県障害福祉課担当から「小規模通所授産施設」と「地域福祉サービス」に関しての説明がなされ質疑応答として参加者からの意見が繰り返し述べられていました。
 在宅・地域と理念は先行しても、なかなか実態としての受け皿や使えるサービスは皆無に等しい施策の空白があります。地域福祉の拠点としての障害者地域共同作業所は、国庫補助金の削減、小規模通所授産施設も同様で年間の運営費が削減される昨今、相変わらずの「箱物偏重福祉」が幅を利かすばかりで、地域の末端は常に切り捨てられていくばかりの様子が深刻になるばかりです。

 3月には徳島県として初めての「育成会中四国大会」が開催される予定にあります。当日は精神障害者小規模通所授産施設に関してのコメントをシンポの中、発言していく事となっています。忙しい時間をそれぞれに縫っての宿泊研修会、互いの情報交換も含めて意義在る時間であったように思います。

■2004年02月13日(金)  宿泊研修会
 明日の午後から徳島市の厚生年金会館で徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会主催による宿泊研修会が予定されています。(午後1時より受付)

 数年前から定期的に行ってきた作業所研修、年に数回の定例会に加える形で宿泊研修会も企画、日常活動の共有や未来に向けての問題点や課題など、互いの情報交換も含めての行き来の時間となります。
なかなか集まる事さえ出来ない煩雑な障害者地域共同作業所の日々、明日は県の担当課・障害福祉課の方の報告レクチャーの形の中、質疑応答や小規模通所授産施設に関しての協議を行う事としています。

 あっぷるはバレンタィンデー前日、女性スタッフの原田や武内が事前に用意してあったチョコレートの袋がメンバーに手渡されていきました。季節を感じる事さえなかなかままならない日々、スタッフのさりげない気配りにメンバーも微笑み返した午後となりました。

■2004年02月12日(木)  島根県平田市議会からの視察
 島根県・平田市から遠路はるばるHEARTLANDまで市議会の方々が3名、現地視察に訪ねてきて下さいました。島根県平田市での障害者福祉への取り組み、その参考としてHEARTLANDあっぷるの活動を見学したいとの連絡が入り、今日の見学となりました。
 到着時刻の関係で、既にお弁当製造も終わった頃であったのですが、北島田の成り立ちやHEARTLANDの設立経緯の説明を一通り行いました。説明の後に籠屋町の喫茶店にも足を運んで下さいました。

 個々の立脚とは言え、障害者地域共同作業所を囲む厳しい「冬」の状況が浸透していきます。ノーマライゼーションの推進という題目があるなら、それは個々の自助努力に加味する部分で、何より「行政責任」としてスペースが在るように思えます。障害者福祉、精神に限らず同じ街に暮らす隣人としての「彼ら」への公的配慮と施策への取り組み等、公としての責任性も再確認しながら、共に進むべき未来を模索出来ればと願うばかりです。遠路はるばるご苦労様でした。

■2004年02月09日(月)  徳島保健所・精神保健福祉関係者会議
 今日の午後、徳島保健所で徳島保健所管内の精神保健福祉関係者会議がありました。徳島保健所管内の市町村の担当も含めての会議、保健所としての取り組みの報告に始まり、各市町村からの現状報告・意見交換等が行われました。

 市町村という時代、サービスが近くなる事はその裾野が広がる事でもあり、直接サービスや緊急対応への距離、地域でという部分からの「良さ」は今後ますます発展していくものと思われます。しかしながらその一方で「病や名を隠しながら生きている多数の彼らや家族の実情」が確かなリアリティーとして存在していきます。3障害と言葉にすれば容易い事も、障害者地域共同作業所のような貧しい「受け皿」の中ではとても賄いきれない「現実」を覚知しなければならない部分も多々あります。

 住民参加・広報・知って頂く事と、彼らや家族の現状が「マッチ」していく為に、より繊細に一つ一つのケースや事例を考えていかなければならないものと思います。

■2004年02月07日(土)  ソーシャルワーカー合同学習会
DSC00516.JPG 176×132 15K 今日の午後、徳島市内の厚生年金会館で精神保健福祉士・徳島県支部と徳島県医療ソーシャルワーカーの合同での研修会があり「相談援助とソーシャルワーク」と題した話を行ってきました。いわゆるPSWとMSW、精神保健福祉士の国家資格成立に伴い、互いの業務内容や立ち位置の違いはあるのですが、ソーシャルワークを取り扱う部分としての共通項や「必要とされる人」としての存在は共に考えていくべき課題も山積みされている観があります。精神病院での仕事を離れて7年、使い古された言葉ではなく、HEARTLANDという地域から眺めての想いや、ワーカーへの期待も含めての講演としました。

 第2ラウンドとして今月末の中四国精神保健福祉士研修会、場所は遠く下関となりますが、久しぶりの依頼にきちんと応えられるように、話すべき言葉を今から用意しておければと思っています。

■2004年02月06日(金)  あっぷるメンバーの状況
 ここ数日の間にあっぷるの通所を希望する人が急激に増加しています。通所希望の面接(断る人も含めて)も一緒に数えると本当に多くの話が寄せられていきます。通常の社会福祉法人施設の「措置」とは違い、精神保健領域の社会復帰施設や小規模通所授産施設あっぷるは「まるめ」としての運営費の枠組みがあります。通所定員はあっぷるの場合10名以上19人以下、悪く解釈すれば多くの人を引き受けようが引き受けまいが同じ事、もっと悪く解釈すれば19人よりも10人を引き受ける事の方が「楽」な算段となります。

 昨日の様な多忙すぎる一日、そこに舞い込む行き場の無い側面を持った彼らの話、来る側も迎える側も「ぎりぎり」の日々が確かにあります。あっぷるに限らず障害者地域共同作業所の実情も全く同様、その片方で幾人ものスタッフが座り込んだまま動かないように見える「福祉」も成立していきます。
 嘆く前に受け止める事に努力を費やしたいと思いつつも、不平等と不条理の福祉業界は綺麗に彩られていくばかりです。障害者地域共同作業所の国庫補助金削減、その反対の集会が全国で執り行われてゆく春が間近にあります。

 明日は精神保健福祉士と医療ソーシャルワーカーの合同研修会、その時間の中に赤裸々な現状とリアリティーを伝えてこようと思っています。

■2004年02月05日(木)  多忙すぎる1日
 今日は5日という事で多忙すぎる程の一日、職員が急きょ欠勤した事も手伝って慌ただしい一日となってしまいました。毎月5日、昨日行われた給料ミーティングを受けてメンバーさんへの工賃の段取りをスタッフの原田がかかりっきりで行っていきます。当たり前に並べられた日々のお弁当製造とその配達、明日の段取りも含めてバタバタの中に日々は刻まれていきます。
 新規に今日から通所を始めた2名の方、一人は自宅、一人は社会復帰施設の援護寮からの通所、初日の朝に細かい説明や寄り添いも出来ない、そんな状況に包まれていきます。挙げ句の果てに面接を予定していた通所希望者との時間をキャンセル、ため息さえつく暇も無い程の「ここの実情」をただ駆け抜けていくだけの時間が流れていきます。

 午後にはお世話になっている平岡税理士事務所の方々と経理の打ち合わせ確認作業。それと同時並行で障害年金の申請相談を本人・家族と面接、限られた人と時間を改めて再確認するだけの一日となりました。

 

■2004年02月03日(火)  120食のお弁当製造
 昨日の徳島県内は高校受験の第一次選抜、HEARTLAND近くの城北高校から多くのお弁当注文が舞い込み、通常の製造数に加えて120個のお弁当製造の一日となりました。いつもの時間より早くに数名のメンバーが登場、手際よくお米を洗いお弁当箱を並べるところから一日が始まりました。メニューの唐揚げ、全員が所狭しと並んだ箱に調理し詰めゆく作業を手際よく行いました。狭く劣悪な環境、とてもお弁当作りには適していない場での作業、通うメンバー数の増加に伴って、時に支障を来す程の中、みんなの作業が淡々と進みゆきました。「仕事」としてのリアリティイー、小さな場所の大きな一日となりました。

 明日は午後から毎月のの「給料ミーティング」他者や自らも含んでの省みる時間が予定されています。

 しばらくダイアリーのアップがままならない状態となっていました。サーバーの容量オーバー、なかなかWEBの管理や更新が行き届かない多忙さの中にはあるのですが、近々大幅な改訂も含めて検討したいと思っています。
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■2004年02月02日(月)18:04  訃報
その訃報が届いたのは一昨日の事でした。大学を出て初めて努めた「社会福祉」の現場、当時は精神薄弱という言葉が未だ使われていたそんな時代、その施設の園長が亡くなられたとの訃報でした。以前から体調が悪い事は知り得ていたのですが、施設を離れてから一度も会える機会を持てないまま、その知らせが京都から届きました。

 若く青かった時代、福祉最先端と呼ばれた当時の京都滋賀の状況、知的障害児への先駆的な取り組みの影で、まだまだ「暗き」部分も山積みされていた施設内処遇に内在する幾つかの問題。組合、団体交渉の席でのやりとりの数々、遠い日の記憶が鮮明に思い出されると共に、もう一度合って「話がしたかった」後悔に包まれていきます。言葉も交わせないままに離れた「あの頃」、幾つもの衝突の経緯が含まれた「あの頃」それでも何故かあの人には元気でいて欲しかった、上手く言葉には出来ない部分もあるのですが、常にそんな想いを抱いたままの「離れた」日々でもありました。

 あの時言い尽くせなかった言葉、あの頃の間違っていたことの一つ一つ、スポーツマンであった凛とした背中、「子供達のためにここで頑張って下さい」と贈ってくれた優しい言葉。届ける事の出来なかった一つ一つを携えて、また明日からの日々を歩いていこうと思っています。

 享年78歳、細井弘順園長のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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