[ 社会福祉法人ハートランド HOME ]

■2008年03月31日(月)  今年度最後の1日
 年度末、いよいよ今年最後の1日となってしまいました。今年度、最後の1日という事であり会計の締めの作業、棚卸等、年度末恒例の幾つかの為さねばならない事がありお弁当製造・喫茶店の活動はお休みとしました。午後からは担当の平岡税理士さんもHEARTLANDに来て下さり、今年度の会計・運営面での総括的な話しと共に、次年度以降、どうHEARTLANDの運営を行っていくのか…よもやま話も含めながらの時間ともなりました。
 何一つ無かった所からの始まり、自助努力という名の下に進めてきたかれこれ12年の歳月とHEARTLAND、厳しい福祉の状況、障害者自立支援法の中の様々な矛盾、端的な理由故に今後の活動をどう描いていくのか‥なかなか難しい部分が現実には多々あります。

 ゆれ動く周囲の状況はある意味「変わらない時代の産物」でもあり、結局は私たち自身がどう考え、どう幸せになっていきたいと願うのか‥そんなシンプルな部分へと雑念は削ぎ落とされていきます。自分自身、偶然にも出会ってしまった彼らや福祉、そしてその傍らにゆるやかに刻んできた今までの日々、一つの区切りとしての総括も含めながらこの1年を歩んで行ければと思っています。 

■2008年03月29日(土)  クラブハウス Dream Flower
DSC00136.JPG 308×231 46K HEARTLANDあっぷるのメンバーが中心になって昨年から活動を続けてきたクラブハウス・Dream Flower、新しい年度の活動・運営などについてあれこれとみんなで話し合いを行う機会が続いています。お弁当製造・喫茶店での仕事‥その部分外の一つの側面として「誰でも気軽に参加できる」そんなスペース作り、あっぷるのメンバーのみならず様々な場所に居る当事者の人たちと「つながっていく」ためのセルフヘルプ的な色合い「自治」という言葉を大きなテーマとして今までDream Flowerの活動が行われてきました。
 みんなで考えながら制作中のクラブハウスパンフレット、メンバー登録や年会費、会員証となるメンバーズカード、そして毎月のプログラム作成、多くの当事者の方々への呼びかけとしての広報活動等、みんなが少しずつ動き始めています。

 毎月第2・4土曜日の2回、クラブハウスを開催、みんなが「手作り」のミーティングや様々な行事・プログラムをこれから定期的に行っていく事となります。

■2008年03月27日(木)  スタッフ小川さん 送別会
DSC00124.JPG 308×231 43K あっぷるの美味しい美味しいお弁当、その中心的存在として様々な彩りを施してくれたスタッフの小川さんが今月末をもってHEARTLANDから旅立つ事となりました。福岡在住の頃からHEARTLANDのWEBを眺めながらの帰徳、スタッフとして2年4ヶ月の歳月をメンバーと共にこの場所に刻んで下さいました。若かりし頃は喫茶店経営、着物のデザインの仕事等、様々な引き出しと奥行きを持った小川さん、メンバーと共に大きな存在感としてHEARTLANDの活動を推し進めて下さいました。
 今般、自分自身の新しい「夢」に向かって旅立つ事を決められた様子、この場所での日々が次の新しいステージに向かう「きっかけ」となってくれた事は何より嬉しい事でもあります。

 昨日は午後からメンバーが手作りの送別会を企画、みんなでお花や色紙の寄せ書きをプレゼント、一人ひと言は涙と共に溢れ、あらためて小川さんの存在感の大きさの証であったように思います。どうぞ良き場所で‥どうぞ良き未来を‥

■2008年03月26日(水)  理事会・評議員会 今年度最後の‥
 今夜、街の中の喫茶店あっぷるで今年度最後となる理事会・評議員会を開催しました。今年度、昨年5月から障害者自立支援法の新事業体系に移行しての1年間、施設運営の状況、来年度の事業計画・予算審議、そして活動の一元化に向けての取り組みやHEARTLANDを支援する「市民団体」の組織化等、色々な議案事項に関して話し合いを持ちました。
 個別給付という施設運営費収入の請求システムは、ダイレクトに月次の通所利用者数に比例し、とりわけ精神の障害を抱え持つ人たちが多数集うHEARTLANDに於いては、変動し行く運営費収入とほぼ固定的経費としての支出のバランスを安定的に維持していく事が時に困難な状況になる事を身を持った感じながら過ごした1年であったように思います。

 これからの「未来」をどんな風に切り取っていくのか、不確かに包まれ行く福祉状況と、なかなか今までのように自助努力のみでは存続しきれない様々な要素を見つめながらの「未来予想図」は難しい舵取りとなっていきます。道行く人、世間の風の中、多くの人たちによって支えられてきたHEARTLANDの活動と歴史、いよいよ正念場としての新しい年度に向かってみんなで進んでいく事となりそうです。

■2008年03月24日(月)  今年度の総括 そして‥
 あれこれと行事をくぐり抜けてゆくともう3月も末、平成19年度もいよいよ終盤残り少しの季節となってきました。今月末に掛けては理事会・評議員会の開催、そして年度末決算、平成20年度の事業計画や予算、そして何より活動一元化に向けての具体的検証、枠組み周辺の協議事項と共に彼らとの日常、そしてお弁当作り‥山積みされて一つ一つの「宿題」と「課題」を眺めながら新しい年度に向けての確認作業を急ぎながらも進めていかなければなりません。
 昨年5月に枠組みとして身にまとった障害者自立支援法の就労継続支援B型事業、個別給付と呼ばれるレセプト方式の施設運営費収入はダイレクトに通所人数によってその収入の増減が左右されるという事‥「福祉崩壊」とさえ言われ続けている様々な矛盾を含んだ障害者自立支援法下の日常、どんな風にこれからの「道」への方位を決めていくのか‥とても難しいHEARTLANDである事には違いありません。

 今までもずっとアドバンテージであった事には違いないのですが、今回だけは少し事情も違い、ぎりぎりの中にどう継続・永続を考えてゆけるのか‥自助努力の範囲だけに留まらない様々な要素が重なり合っているからこそ「難しい」今があるように思えてなりません。今日も長々と杉浦さんとあれこれと言葉を交わしながらの午後‥桜前線と共に進みゆく日々が在ります。

■2008年03月23日(日)  そっちやないこっちや 杉浦さんと
 今日街の中の喫茶店・特別企画として「そっちやないこっちや」〜コミュニティーケアへの道〜のビデオ上映会を行いました。昨日杉浦さんから借り受けたDVD、自宅でじっくりと見つめると、その画面越し、大きな時代のメッセージに引き込まれるような感動を覚えずにはいられませんでした。何が‥と言われればなかなか答えにくい事でもあるのですが、一つの時代、変わらない思想みたいなものが散りばめられた福祉ドキュメントの画面越しのメッセージは、自分自身の心のひだを捉えて離そうとはしませんでした。
 
 1981年、今から27年前、映像の中の杉浦さんは、全く「今」と変わらぬ佇まい、その口調、その眼差し、その語りの切り口、‥あらためて「すごい人」である事を再認識すると共に、杉浦さんと出会えた事の「偶然」と共に作り上げてきたHEARTLANDの活動を誇りに思わずにはいられません。貧しくとも何処までも「正義の人」であるという事、追い立てられるような日々の中、原点をきちんとみつめ直す事があらためて必要なんだという事‥本当に良き時間でした。
 

■2008年03月21日(金)  明日の準備設営
 いよいよ明日が「そっちやないこっちや」コミュニティーケアへの道の上映会、午後から喫茶店の2階でビデオ上映の為の設営準備を行いました。DVDは上板あおば苑からお借りしたプロジェクターで投影、スクリーンは本当に手作りの形、音響のPA配置も含めて街の中の喫茶店2階の上映会場が一応完成となりました。明日は杉浦さんが太陽と緑の会が常時行っている自転車バザーとの兼ね合いで11時30分頃に街の中の喫茶店に来て下さるとの事、その時間までは徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会の会長山崎さんの颯爽たる「話」をみんなで聞くこととしています。

 法や施策に追い立てられ、豊かになったのか貧しくなったのかそれさえもわからなくなったままに進もうとする「福祉」の今日的状況、遙か昔、それ程遠く無い昔に、きちんとしたスタンスの下、きちんとした思想や活動が確かに在った事の証のような福祉ドキュメンタリー、明日の上映を未来に向かう再確認として、確かな明日に向かう布石になればと思っています。手作りの講演会とビデオ上映会、ぜひ街の中の喫茶店にお集まり下さい。
DSC00121.JPG 208×277 38K

■2008年03月19日(水)  滋賀県野洲町 近江富士 三上山
oumifuji01.jpg 230×146 9K 今週の土曜日「そっちやないこっちや」の上映会が間近に迫ってきました。一つの時代、一つの問題を鮮明なまでに描写した福祉ドキュメント‥原点回帰の意味も含めてきちんと見つめてみたいと思っています。
 僕自身の原風景は滋賀県野洲町の「第2びわこ学園」選び取ったと言うよりは「出会ってしまった」「見てしまった‥」そんな印象が少なからず在り続けています。
 最重度と呼ばれる子供たちの手を握り、近江富士(三上山)からの風を集めながら来る日も来る日も歩いた午後のお散歩、嬉しそうに微笑む無言の横顔、思いっきり身体を伸ばすような魂の声「この子供たちは一体何なんだろう、この子供達の傍らにいる僕は一体何なんだろう‥」そんな「福祉」との出会いの時でした。あれからかれこれ25年以上、まだその傍らに在る自分自身がここにいます。

太陽と緑の会 杉浦良 「かぜ通信」より抜粋
 
柳沢寿男監督と出会ったのは、今から二十四年ほど前、私が二十一歳のときでした。知的障害の子供たちの施設にボランティアとして出入りするようになった関係で、たまたまボランティア仲間に映画のチケットを売ってくれないかと頼まれ、自分も見ることになりました。映画は、仙台市にある国立西多賀病院を舞台にした筋ジストロフィー症の子供たちの記録である「ぼくのなかの夜と朝」と、身体障害の方々の福祉工場を記録した「甘えることは許されない」という二本立てです。いわゆるドキュメントフィルムというジャンルに入り、医療や福祉の現場を長期間にわたってフィルムに取り続き、編集したものでした。
 
京都の勤労会館での上映会は、私にとって感動的というより、厳しい現実を映像で突きつけられる重苦しさが澱(おり)のように残る感じでした。「ぼくのなかの夜と朝」の最後、病室の扉(とびら)がパターンと閉まる不気味さ、そして「甘えることは許されない」のラストシーン。ある身体障害の方の、朝起きて服を着替え、車いすに乗るまでの気が遠くなるほどの労苦を延々とカメラはとらえた、もう勘弁してくれ、と叫びたくなるような感覚が今でも残っています。早く会場を出て、この場を立ち去りたいという衝動と、とりあえず受け付けで販売している本だけでも買い、後から文字を当てはめることで、この名伏しがたい感情を括弧(かっこ)に押し込めたい気持ちがありました。こんな映画をだれが撮ったのだろうという感銘より、見たくないものを見せられてしまったという方が、自分の気持ちに近かったようです。

 「都会では自殺する若者が増えている。けれども問題は今日の雨、傘がない。行かなくちゃ、君に会いに行かなくちゃ、傘がない・・・」こんな流行歌をいつしか口ずさみ、もう、この映画監督とも映画とも出会うこともないだろうと、勝手に思い込んでいました。
 いつしか自分自身の進路が揺らぎ始め、自分の進んでいく方向が見えなくなり始めたころ、監督のお宅に出入りし始めるようになりました。映画に特に関心があるわけでもなく、福祉に特に興味があったわけでもありません。ただ今まで、特に疑いを持たずにきた価値観が、なぜかそのままでは支えられなくなったとき、柳沢監督の前で、生意気に理屈っぽく話をしている自分がありました。フン、フンと相づちを打ちながら、世間知らずの若造相手に、一時間も二時間も付き合っていただいたことの大変さを今でこそ気づくわけですが、当時は知るよしもありません。こんな一方的なお付き合いを続けていただくうちに、思ってもみない進路をたどることになりました。本を読むことが嫌いで、国語や社会を避けたかった気持ちから理科系を選んだ自分が、なんと一番苦手な社会福祉に方向転換することになったのです。

■2008年03月18日(火)  四国学院大学 富島先生と
DSC00113.JPG 277×208 34K 今日は久しぶりに四国学院大学を訪ねて富島先生と一緒に時間を過ごしました。来年度4月以降も今年と同様に四国学院で講義を担当するのですが、昨年とは講義内容が変更となり、今年富島先生が担当されていた「精神保健学」を受け持つ事となり、その引継とレクチャーを含めた時間となりました。
 
 かつては広島県の国立療養所賀茂病院のPSWとして「憧れ」の人であった富島先生、大学教員として四国に赴任、距離も近づいた頃からHEARTLANDも含めて色々な行き来を行わさせてもらっています。講義に使用しているテキスト、それはそれは丁寧に様々な文献を活用しながら、メンタルヘルス・ライフサイクルとしての「精神保健」「心のこと」を文字として書き記されています。ライフサイクルにおける様々な課題‥「人は生きていくということ‥そこには心が常についてきて‥」そんな言葉を富島先生は話し続けて下さいました。
 闘うPSWとして憧れた遠い日、少しばかりメタボリックな体型にと年月は流れましたが、あの頃と変わらない言葉の一つ一つに何かとても懐かしさを憶えたそんな一緒の時間ともなりました。

■2008年03月17日(月)  「そっちやないこっちや」 杉浦さんと故柳沢監督
 今週の日曜日「そっちやないこっちや」コミュニティーケアへの道が街の中の喫茶店で上映される予定となっています。当日は太陽と緑の会杉浦さんも参加、歴史の断片としての貴重なフィルム、杉浦さんが書き記した太陽と緑の会「かぜ通信」からの文字です。 太陽と緑の会 http://www2.ocn.ne.jp/~t-midori/index.htm

私が学生時代、京都で出会った柳沢寿男監督の話を続けます。
 「僕はね、戦前、松竹の撮影所で助監督をしていたんだ。でも、チャンバラが嫌いでね」
 「チャンバラが嫌いといったら、他に撮るものがなかった時代じゃないですか」
 「それもそうだが、そのころ亀井文雄という監督の『小林一茶』という映画を見てね、こりゃあすごいと思った。こんな作り方もあったのかと、思わず身震いするほどだったよ。それから日本映画社に移ってね。そこが解散して、岩波映画社に入った。いろいろ撮ったけど、あるときからいやになった」
 「どうしてですか」
 「ある企業の映画を作っていてね、今でいうコマーシャルフィルムだね。作った後、そこの会社の工場排水が原因で公害が発生して、多くの犠牲者が出たんだ。そんなこと、作っているときには全く気づかなかった。だが知らなかった、気づかなかったということでよかったのか、自分も加担していたんじゃなかったのか、と随分悩んだよ。もうこんな映画は撮りたくない、そう思ったんだ」
 「随分、真摯(しんし)だったんですね」
 「しばらくブラブラしていた。そんなとき、ある心身障害児施設にきてくれないか、という話があったんだ」
 「それが『夜明け前の子どもたち』という、医療と教育の両面から障害児に働きかける、びわこ学園の試みの記録になったわけですね」
 「最初は、重度の心身障害を持った子供たちなんて全く知らなかった。ちょっとした弾みというか、縁というか、そんなところだった」
 「記録映画としての見通しは持っておられたのですか」
 「いいや。今思えば土本典昭監督が撮り続けた『水俣』や、小川伸介監督がこだわった『三里塚』のように、自分も何か社会的テーマを追いたいと思っていた。けれど、根っからの憶病者だから・・・。『福祉』なら何とかなると考えてやり始めたが、こんなに大変なこととは夢にも思わなかったよ。お金にはならないし、貧乏所帯でやりくりしてやっとできたと思ったら、こんなの映画じゃないと散々非難されるし・・・。福祉ほど際限がなく難しいものはないね」
 「そんなに大変ですか。親に内緒で大学の学部を代わって社会福祉をやろうと思うんですが・・・」
 「そりゃ、やめた方がいい。苦労ばかりで、いいことないよ。まともにやればやるほど大変だよ」
 「でも柳沢監督、そうおっしゃるわりには、懲りずに福祉の現場を撮り続けておられますね」
 「まあ、一度入ったらなかなか抜けられないんだよ。それより、大企業に入って出世して、マネーサポートをしてくれた方がどれだけありがたいか・・・。『福祉』を撮る前は銀座のクラブで飲めてた酒が、今じゃさっぱり。声も掛けてくれなくなるよ。考え直すなら、今のうちじゃないの」
 そう語りながら、五十歳に手が届きそうな年齢にもかかわらず、まるで生き方を変えるように映画を撮る方向を変えた一人の映画監督は、ほほえんでたばこをくゆらせていました。 

■2008年03月16日(日)  夕暮れコンサートを終えて
 昨日は街の中の喫茶店あっぷるでの「夕暮れコンサート」多くの人たちに参加頂き楽しい時間を過ごす事が出来ました。参加頂いたみなさんに感謝申し上げます。香川「コスモスの家」からは何と竹内さんご夫婦が参加、ロータリーの仁木さん、そしていつもの県家族会の美馬さん、たくさんのメンバーさん‥楽しい時間でした。演奏は別としても楽しそうなみんなの笑顔、スタッフの熱唱‥良かった良かった‥そんな夕暮れコンサートでした。以下は昨日のSet Listです。

 いつもいつもお世話になっている街の中の喫茶店お隣の銀丁さん、籠屋町商店街のブログに準備の風景を掲載して下さっています。籠屋町商店街 http://kagoyamachi.betoku.jp/
次のBeatlessの演奏は4月6日(日)小松島ミュージックパーク、主催者は以前の夕暮れコンサートに出演下さった武知さん、次回はバンド形式のいつもの演奏、ぜひこちらにもご参加下さい。
小松島ミュージックパーク http://homepage2.nifty.com/takechihome/musicpark/

1 All My Loving  2 If I Fell 3 If I Needed Someone 4 Michele  5 22歳の別れ 6 サボテンの花 
7 未来へ 8 未来予想図 9 All Together Now 10 Wonderful Tonight 11 青春の影 12 Hey Jude 
13 Stand By Me 14 Shes A Woman

■2008年03月14日(金)  明日の練習
 明日はいよいよ夕暮れコンサート‥かけ声はいいのですがなかなか練習が進まない‥そんな感じで冷や汗タラタラと言った具合です。なかなかアンプラグドは難しく、剥き出しの装飾の無い音は隙間を埋める余韻も無く、ましてエレキとは違いアコースティックの音作りはこれまた難しい、なかなかプロのような音響設計は作り出せません。

 おまけに年度末と言うことでBeatlessのメンバー達も「仕事」に忙しく‥あれこれ言い訳をこれ位並べ立てれば明日の演奏は少しご容赦頂けるかな‥そんな情けないDiaryとなってしまいそうです。
 演奏は別として、明日は太陽と緑の会の米ちゃんこと米田さんが、彼の得意技である「詩」の朗読を行ってくれる予定にもなっています。またまたsurprise企画でスタッフの唄も用意‥楽しい時間になればいいかな‥そんな感じです。

 夕暮れコンサートは明日16:30分辺りからスタートの予定、ぜひお時間のある方は本当にお気軽に街の中の喫茶店までお越し下さい。

■2008年03月12日(水)  メンバーミーティング 籠屋町改修に向けて
 午後からあっぷるメンバー全員とスタッフでミーティングを行いました。唯一水曜日が街の中の喫茶店が定休日という事であり、みんなが一つに集まれる曜日、午後にはミーティングを主として行ってきました。活動の一元化に関して、籠屋町の改修工事が必要となり、喫茶店でお弁当製造が行えるスペース確保の改修工事の概算見積もりも大谷さんが提示して下さいました。メンバーとは今までに数回、この件に関して話し合いを重ねてきた経緯があるのですが、より具体的な事柄として彼らに伝えゆく「今日」となりました。先立つものがあれば簡単な事も、HEARTLANDではなかなかそうも行かず、はるか昔にHEARTLANDを始めた時と同様、どんな風にして改修工事の費用を捻出するか‥その事柄から話し合いは始まりゆきます。
 
 夢を語る事は制限無き事であっても、現実のリアリティーを欠落させる事は出来ません。さりとてリアリティーばかりにまみれすぎてもこれまた「夢」が描けない‥そんな二つの座標軸の狭間で「未来」を創造していく事はなかなか容易なものではありません。HEARTLANDの始まりからかれこれ12年、また新しい始まりの第2ステージをみんなで眺めていく日々が続いていきそうです。

■2008年03月11日(火)  なでしこの里 池山さんと
DSC00106.JPG 277×208 35K 昨日あっぷるをお休みして神戸に出掛けてきました。社会福祉法人かがやき神戸、訪ねた先はあっぷると同様にお弁当作りや多機能の複合施設として様々な作業に取り組んでいるなでしこの里、その中心に居る池山さんとの久しぶりの再会となりました。

 以前徳島で行われて県社会福祉協議会の研修会でご一緒した経緯があり、今回神戸学院大学の阪田先生とのやりとりの中から今日のご対面となりました。最初にお会いした時同様に、ずっと現場の空気感を携えながら歩いてこられた池山さん、障害者自立支援法という矛盾した法案の下、それでも原風景の意味合いを見つめながらの活動状況がその話し言葉と佇まいの中から強く感じられていきます。
 
 5月末の第14回目となる街角の精神保健福祉を考える集いの講師も依頼、ドタバタとではありましたがスタッフ共々、良い神戸での時間となりました。

■2008年03月09日(日)  「そっちやないこっちや」 ビデオ上映会 3/23(日)
104-1-2.gif 157×108 9K籠屋町商店街の「さくら祭」が3月23日に行われます。HEARTLAND・街の中の喫茶店でも特別企画として「そっちやないこっちや」 コミュニティ・ケアへの道柳澤壽男監督 福祉ドキュメント上映会を行う事としました。地域共同作業所ポパイの家作り、若き日の太陽と緑の会杉浦さんをフィルムは映し出します。当日は徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会の会長山崎さんの講演も併せての時間としています。
WEBでも早々にお知らせをします、ぜひご参加下さい。あっぷるのメンバー・スタッフも美味しいお弁当と喫茶店にてお迎え致します。

「愛知県知多市に暮らす、知的障害を持った成人たち。いつの間にかそこにコミュニティが生まれ、指導員たちとともに自分たちで考え設計した“家”を作ることになる。それは自治体や親たちにとっては不可能と思える事だった。」
      監督:柳澤壽男/日本/1982/日本語/カラー/16mm/113分

日時 2008年3月23日(日) 10:00〜12:30
場所 街の中の喫茶店あっぷる 徳島市籠屋町1丁目24番地  ◇参加費300円 定員50名
内容 ◇「そっちやないこっちや」 柳澤壽男監督 ビデオ上映
           コメンテーター 太陽と緑の会 代表 杉浦良
    ◇講演 「障害者福祉は地域と共に‥」
            講師 徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会 会長山崎秀
     
    ◇参加の申し込み、お問い合わせは街の中の喫茶店あっぷるまで 088-602-1003

■2008年03月08日(土)  内田さん 講演会
DSC00090.JPG 277×208 38K昨日の午後は第13回目となる「街角の精神保健福祉を考える集い」が街の中の喫茶店で開かれました。メンバー・PSW・学生さん・阿波風月庵の林さん等、多数の方々が参加されて内田さんの話しに耳を傾ける時間となりました。
 
 長きに渡って彼らに関わり続けた内田さん自身の原風景、ゆつくりとした口調からの言葉は一つ一つの風景が鮮明に見える‥そんな重みのある素敵な言葉が続きゆきました。時代の変遷、良くなっているとは決して思えない福祉状況、そんな雑然とした状況に棹さすかの如き内田さんの言葉は心に染みいってきます。と同時に「本当に大切にしなければならないこと」は一体何であるのか、変わらない原点への照らし合わせを私たち自身に突きつけていくような「気迫」が同席しています。
 ある意味制度・政策などは無縁の話、凛とした空気感はあくまで「私たち」自身が彼らと共にどう在るべきかを問いかけ続けていきます。
 良い時間の講演会でした、内田さんに感謝申し上げます。

■2008年03月07日(金)  ケアーマネージメント研修会 
DSC00084.JPG 277×208 33K  午後から先週に引き続いて精神保健福祉センター主催の「ケアーマネージメント研修会」パート兇開かれました。先週の講義の復習をした後、今日は具体的な事例検討とそのロールプレー、保健師さんやPSWが事例の役柄を演じた後、ケアーマネージメントのツールを使ってそれぞれのグループワークを行いました。初めてケアーマネージメントという言葉に触れる参加者も在り、その概念や大切にしなければならない部分、当たり前の事をこれまた当たり前に行っていく為の一つ一つ、彼らに関わる私たち自身の「社会化」と「気づき」の為にプレの部分が必要となっていきます。
 
 「脱施設化」というテーマをプレ段階で議論し形成されていった諸外国のケアーマネージメント、「脱施設化」というテーマを議論しないままに展開されゆく日本のケアーマネージメント、様々な矛盾はどうしても「原点」としての「当たり前」な事柄への見渡しを必要としていきます。
 退院促進の問題、ケアーマネージメント‥どんな手法やツールを学習したとしても、その軸となる部分をきちんと見つめなければ何も始まってはいきません。大切な事はいつもシンプルでそれ故に難しい訳です。彼らの始まりとしてりケアーマネージメントであると同様に、遅い気づきではあるのですが関わる私たち自身の始まりと捉えていく必要が強くあるように思えてなりません。

■2008年03月06日(木)  閑話休題 海を見つめて
 四方を山に囲まれた京都の街からは海は遠く、あの頃、時折神戸まで足を運ぶことがよくありました。海岸通りを抜けて埠頭に立ち、風に吹かれながら本を読んだり文字を書き記したり‥少なくとも今より遙かに想像力は制限のない自由さに満ちあふれていました。
 海に行こうと車を走らせたFM越し、マクドナルド店長の労災認定のニュース、耳を傾けながら聞けば月に80時間を超えた残業はきちんと「労災認定」の対象となる‥そんなアナウンサーの声が流れゆきました。
 障害者地域共同作業所の日常、HEARTLANDの日常…労災認定どころか遙かに80時間を超えた「仕事」、それが当たり前だとも然るべきだとも納得している訳では決して無いのですが、あきらかに法の「外」に在ることだけはどう眺めてみても確かな事のようです。法の外として継続されて来た障害者地域共同作業所の活動や私たちの日常、法の外にありながら法に順守していく事をこれまた当然の事として求められていく矛盾の一つ一つ‥障害や病を抱え持った「彼ら」とて同様の事なのかも知れません。

 正しかった頃の一つ一つ、間違っていた頃の一つ一つ、切り取ってきた瞬間の一つ一つ、春まだ浅いこの街の海は穏やかそのもののように映りゆきます。

■2008年03月05日(水)  オンライン請求 トラブル
 毎月の施設運営費収入は障害者自立支援法の個別給付事業として、昨年10月から国保連にオンライン請求を行う事となり、スタッフがHEARTLANDのパソコンを使ってそれぞれの市町村に毎月10日〆切の請求事務を行ってきました。オンライン化以後、さしてトラブルも無かった請求事務だったのですが、今月の請求作業を行う中、不具合が生じてしまいました。スタッフがあの手この手で色々と四苦八苦したのですが、皆目状況がわからず、HEARTLANDのWEBを手がけて下さっている柴野さんにトラブル改修をお願いせざるを得ない、そんな状況となってしまいました。柴野さんはHEARTLANDが始まりの頃に出会ったパソコンのプロ、今から10年以上前HEARTLAND設立の頃、巷にWEB(ホームページ)が存在し始めた時代に早々にHEARTLANDのホームページを立ち上げて下さったそれはそれはパソコンに精通された方でもあります。

 柴野さんが駆け付けて下さり、それでも四苦八苦、長い長い時間を経てようやく請求事務が修復、大変な労力と作業の果ての事となりました。10月からのオンライン化、請求の為にダウンロードしたソフトに不具合が多く‥とても「素人」の域では解消出来ない、そんな現状に映ります。オンライン化前はそれぞれの市町村に手渡しで月次請求を持参、その方がよっぽとトラブルも無く、こうした緊急事態を生じるリスクも遙かに少ないもの‥全て世はパソコンの時代、合理化・合理的・迅速にとの事なのでしょうが、とんでもない事態のリスクファクターもきっちりそこには内在している‥そんな証なのかも知れません。
 柴野さん、どうもどうもありがとうございました。

■2008年03月03日(月)  土曜日の講演会
 今週の週末、土曜日の午後には13回目となる「街角の精神保健福祉を考える集い」が予定されています。懐かしい再会、今回の講師は香川県のPSWの草分け的大きな存在として内田さん(竜雲メンタルクリニック)が「昔ばなし」と題したテーマで長きに渡って従事してこられた精神保健福祉の下、彼らと歩んだ日々について原点回帰のような話を用意して下さっている様子です。
 
 あの頃、香川県PSW協会と呼ばれる団体(現在の香川県精神保健福祉士協会)が三船病院で毎月土曜日の午後に定例学習会を「任意」として開いていました。当時、三船病院にいた西谷さん(現四国学院大学)、精神保健福祉センターの芝さん(現吉備国際大学)、そして内田さんや細谷さん、今にして思えば蒼々たるメンバーが集い、自らの内省作業や、PSWとして何を考えるべきか…そんな議論を重ねゆくと共に、人が人としてきちんとそこにいた‥そんな素敵な定例会の時間でした。
 徳島から塩江の山をまたぎ、かれこれ2時間の道程、毎月の定例会を「わくわく」しながら参加していたあの頃の「ときめき」みたいなものを鮮明に覚えています。
 素敵な講演会になる事と思います、ぜひ街角の精神保健福祉を考える集いにご参加下さい、お待ちしています。

■2008年03月02日(日)  徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会 研修会
DSC00068.JPG 308×231 35K 2月から年度末にかけてはあちこちで研修会ラッシュ、昨日は徳島市内の千秋閣で午後から徳島県障害者地域共同作業所連絡協議会の定例研修会がありました。NPO法人取得に関する講義、そしてそれぞれの作業所からの近況報告、障害者自立支援法下の新事業体系移行に関してのこれまたあれこれ、夜の懇親会も含めて内容の濃い研修会となりました。
 
 揺れ動く時勢の中、私たちは何のためにこうした障害者地域作業所活動を行ってきたのか…原点をあらためて見つめてみる必要性がある‥太陽と緑の会杉浦さんの凛とした言葉が響きます。地域福祉は地域と共にあるべき‥これまた凛とした言葉が山崎会長のビールの泡と共に弾け飛びます。
 
 貧しいから私たちはいつも精一杯であった‥いつもギリギリであったから私たちは常に知恵と工夫をかき集め、地域の人たちと共に在りたいと願い続けた‥微々たる公的資金の施しの中、常に誠実に生きようとする人たちが「貧しい」枠組みの中、あちこちに点在している事を確かめる時、もう一頑張りもう一頑張りと思えるのです。本当に洗い落とされるような良い時間でした、始めていこうとあらためて思った良い時間でした。

■2008年03月01日(土)  精神保健福祉センター ケアマネ研修会
DSC00066.JPG 277×208 26K 昨日と3月7日の両日にかけて行われる精神保健福祉センター主催の「ケアーマネージメント研修会」で講義を行う事となり、昨日はその1回目の講義となりました。医療機関・市町村・保健所等、様々な機関から様々な人が集っての研修会、初回はケアーマネージメントの概論、次週は実際の事例検討を通じてのロールプレーやグループディスカッションを予定しています。
 始まりに際しての所長・石元先生の挨拶「一人一人それぞれのニードがある、一人一人にきちんと向き合う事‥」そんなお言葉を話されていました。
 ケアーマネージメントの概論や基本的な原則論は、文字にしてみれば難しい事のように映るかも知れませんが、本人のニーズを中心とする・自己決定・本人への説明と了解‥そこに書き記されている事の一つ一つは「当たり前」の事のはずです。されどまだまだ福祉や医療の中では、当たり前の事を当たり前に行う事に成熟しきれていない側面が多分にある事も事実です。
 
 始まりつつある「退院促進支援事業」への取り組みや報告が、ケアーマネージメントの講義の前に徳島保健所今川氏より併せて説明が行われました。彼らにとっても、そして何より私たち自身が「きちんと見つめていく」事のための大切なきっかけになればと思います。

過去ログ 2002年07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2003年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2004年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2005年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2006年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2007年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2008年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2009年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2010年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2011年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2012年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2013年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 

一覧 / 検索
【過去ログ】2002年7月6日までの日記